8.刹那的モメント
毒にまみれた空間で苦しむメメントらに、一筋の光。
彼の名は符裏 蓮。
自分と向き合った先にある答えとは。
一方、樹林は宇宙を模した何者かと共に甘すぎる夜を過ごしていた。ベンチに腰掛ける二人。
新たな戦士の姿が垣間見える。
遊具で遊ぶ親子を見る樹林。
「ねえ、宇宙。あの時の事、覚えてる?」
樹林は宇宙が好きだった。
高校時代。
宇宙と同じ吹奏楽部で打楽器を演奏していた樹林は友達がいなかった。その大胆に見えて繊細な性格を環境は助けてくれず、教室での休み時間は隅で楽譜にメモをし続けるだけで、交友関係を育まない毎日であった。樹林はそれを自分より先に未来へ向かった不運の足跡を踏んでしまっているとか、自分が誰かの悪談笑の話題のうちの一つになっているとか、そういう後ろ向きな発想は持ち合わせていなかったが、どこか空気に暴力を振るわれている感覚は微々たる量ではあるがあった。
だが、過去と未来をネガティブに捉えていると認識される素振りを無意識的にしてしまうくらいには暗い表情で日々を送っていた。
本人が何も思っていなかったようだが、それ故その表情で部活動にも通うことがしばしばあった。
それを見た宇宙は、ある日樹林に付箋をプレゼントした。
「ほら、楽譜のメモ拡張パーツだ!」
そこには優しくしてあげようという考えも、そういうシチュエーションを作ろうという魂胆も無かったことを樹林は確信している。
特段濃厚な思い出という訳でも、これが好きになった瞬間、という訳でも無かった。
ただただ今の樹林には、宇宙のいる部活動が青春の目印となってる。
卒業まであと一ヶ月を切ったいつか。
香る桜の樹の下で、樹林は宇宙に恋心を告白した。
今の樹林に想い人は居ないが、久しぶりに出会えた宇宙との時間を噛み締めようと思ったついで、宇宙が迷わないようにだけしようと思った。
沈黙が樹林の喉元を刺す。
「ね、ねえ!どど、どっかいかない?」
恋なのか単純な緊張なのか、樹林は顔を赤らめる。
「どこに?」
「遊園地とか!」
少しばかり細菌程度の疑問符が付着していたが気にしないでおいた。
「行くか!」
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有害な木々の中。
リンのバケモノが央駆とメメントを追い込む。
ここまでかと思われたその時。
符裏 蓮が駆けつける。
後ろにはくるみもいた。
「司令官!!メメント…!」
驚き駆け寄るくるみ。
「…!思ってたよりも酷い…!」
バケモノは一度止まった。
「君は…ッ!」
死にかけの央駆は思わず声を出してしまった。
「ふっ…。どうして来た。」
メメントは苦しみ問いながらも少しだけ笑んだ。
「僕は助けられた、あの時あの工場で…。化け物から守られて、なのにそれからもずっと被害者のままでいた。試験だって、きっと僕は善人のつもりで受動的な奴だったんだ…。」
よろけ、少しむせながら蓮が続ける。
「だから…だから!僕はここで変わる。」
「僕は…ヒーローのヒーローになる!!」
蓮はくるみから元素シューターを託された。
これは決して受動的なものでは無い。自ら懇願した結果である。
『炭素!エレメント・ショット!』
蓮はバケモノに向かって炭素のエレメント・ショットを撃った。
すると、なんとバケモノによる火災が収まった。
「!?」
蓮は何故収まったのかよく分からなかったので、とりあえずガッツポーズをした。
「有機リン化合物による難燃効果…?膨張黒鉛…?」
ボソボソとつぶやくくるみ。
蓮は何故収まったのかよく分からなかった。
「メメント!!今です!」
メメントは人差し指をバケモノに向ける。
「この一撃で、お前は死ぬ…!」
『オスミウム!メメント・インパクト!』
オスミウムの欠片が集まり、一本の棘を構成する。
先端はバケモノの方に向いており、メメントは棘を操作するように人差し指を前に出した。
棘は凄まじい勢いでバケモノに突き刺さると同時に砕け散り、リンのバケモノは爆散した。
「やっ…た…、」
宇宙と央駆は体力の限界を迎えその場に倒れこんだ。
「宇宙さん!!」
「司令官!」
蓮は宇宙に、くるみは央駆に肩を貸して施設に戻った。
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回るメリーゴーランド。
笑い合うカップル。
帰りたくないと泣きじゃくる子ども。
様々な感情が一斉に降りかかる場所。
「宇宙は、えっとあれだね。コーヒーカップが好きなんだっけ。」
樹林は宇宙の返答を待たずしてがら空きのコーヒーカップに乗る。
空はもう暗かった。
星々だけは輝いているかと思われたが、そうでもなかった。
月は雲に抱かれ、地は雲に浮気する月の光(それもまた月に魅了された太陽の与えたものである)を受け取る。空の差し出す虚の下、二人の基本的な話題は何とも言えない緊張感によって手の届かない場所に置かれていた。
しかし、その何とも言えない緊張感は次第に妙な方向へと風向きを変えていった。
黙る宇宙の横顔を閉じそうな瞳で眺めていた樹林は、宇宙の瞳と合わせた。
彼女は訳の分からない、ただ落ち着いた笑みで見つめる宇宙の指々の根元に、自分の指先を合わせてみた。
宇宙は指の折り目を丁寧に動かし、彼女の手と繋ぎ合わせた。
終わりなのか始まりなのか、樹林は眼を閉じた。
合わさったまつ毛の艶を無心で眺める宇宙。
左手は繋がったまま彼の右手は彼女の左肩の上に置かれ、鼻先は鼻先に、額は額に、唇は唇に重なる。
二人はそのまま、空と共に夜を歩いた。
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「符裏 蓮…。今日から君は、クラックだ。」
その一言で、蓮の体内に埋まった緊張が放たれた。
「やったー!!!」
偶然であるかもしれないが、あの絶望的な状況を打開できたのは確実に蓮の存在があったからだ。
そう判断した央駆は、若干の後遺症を残しながらも加入を承諾した。それは技術や運だけでは無い。彼の瞳の奥の纏う誠意を見たからであろう。
「早速だが、このリンのスティックを調整してくれ。」
央駆に手渡されたまだ歪な形のスティックを調整台に置いてみる。
すると、調整台のレーザーはゆっくりとスティックに付着した不純物を取り除いていく。
「結構、長いんですね。」
初回の仕事にして一言目がリアルな感想であった。
それに驚きつつも央駆が話を持ちかける。
「あの師匠さんはどうだ?」
「ああ、元気ですよ!お陰様で。」
ちらちらと目新しいレーザー放射機を視界に入れながら答える。
「そうか。良かった。」
「でもびっくりですよね。あのバケモノ。僕と師匠を襲ったアイツよりも圧倒的に凶暴だった…。」
「ああ。回を追うごとに奴らも強くなっている。早いところ対抗策を練らなければ。」
「そうですね…そうだ、皆さん覚えてます?あの事件」
蓮が険しい顔で聞くも、くるみと宇宙が頭上に疑問符を打った。が、央駆は即座に答えた。
「ダイナミック・レンジの事か。」
宇宙が反応した。
「ダイナミック・レンジ…?」
「7年前に起こった大音波……地震とはまた違った揺れと鼓動が人々を襲ったの。」
くるみが説明する。
「中には難聴になった人もいて、その被害はとてつもなかったわ。」
徐々に声量が下がっていくくるみ。
「しかもその原因は不明…。いや宇宙さん、知らなかったんですか!?テレビをつければどのチャンネルもその事ばっかし報道してたのに!」
記憶にない宇宙。
「そうなのか。あの惨劇を覚えていない者は初めて見た。」
なるほどそんな事があったのか。と頷く宇宙は記憶を掘り返すも、そのようなファイルは頭のデスクトップに見当たらなかった。
「俺ももっと勉強しなくちゃなあ……」
ダイナミック・レンジについて深く知ろうと宇宙が話し出す瞬間。
警報。
蓮以外にとっていつもの流れのようだが、その危機感は初耳さながらであった。
「これは…バケモノ?遊園地だ!」
途端、バケモノを示す表示は消えた。
「何…?」
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真夜中。
夢の中を生きる樹林の横には、宇宙の姿があった。
最初は意識を構築できていたが、隣で咲く空しい花と一夜を共にし緊張が緩んだのか。完全に眠りについてしまった。が、それは樹林と同じ夢の世界では無いようではあった。
樹林と宇宙。
誰にも邪魔されないコーヒーカップの中で、妙に苦い空気を漂わせていた。誰にも邪魔されないコーヒーカップの中で。
静寂がその独特な香りを強くする。
半端な湿気が景色に味を加える。
このまま鱗片の夢に手を染められるかも知れない。
不意ながらどちらかがそう思ったその時。
『アクチニウム・スマッシュ!』
宇宙を象っていた"それ"は仮面を破られた。
樹林の横には先程までの整った者ではなく、顔面にコピー機を備えた禍々しい物があった。
「セレンのバケモノだったか。」
暗闇の中、青白く光る何かが呟く。
「次こそは必ず…」
バケモノは自分を攻撃した何かに立ち向かう。
『トリウム・クラッシュ!』
真夜中。
樹林はコーヒーカップの中で眠りについていた。
「待っていろ、水上宇宙。」
【所持スティック】
〈クラック〉
水素、炭素、酸素、フッ素、ネオン、リン、アルゴン、カルシウム、イットリウム、タンタル、タングステン、オスミウム、ホルミウム
〈イン〉
謎のタム状アイテム
〈チュー〉
ヨウ素 (ヨウ)
〈???〉
セレン、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、アクチニウム、トリウム、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム、キュリウム、バークリウム、カリホルニウム、アインスタイニウム、フェルミウム、メンデレビウム、ノーベリウム、ローレンシウム
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