5.人間的ブレイス
正式にクラックに加入する事になった宇宙は、その施設の高度さに目を輝かせながらバケモノとクラックの歴史についての話を聞いていた。
話の途中、宇宙はレッスン生の光太郎を一人にしていることを思い出し、戻ろうとする。
そこでバケモノの出現を知らせる警報が鳴る。
純白のペアリングケースのような建物を見る。
「うおっ!すげえ!」
何も知らない人からすればただの壁である面が、人感センサーによって屋内へ通じる扉となる。
「ベリベリ最新じゃん...!」
宇宙の隣にボディガードの如く立っていたくるみが説明する。
「過去に一度バケモノに襲撃されておりまして...その反省からこのような仕様となりました。」
くるみの説明を宇宙が過去への理解を定着させる鍵と例えるのであれば、次いで央駆が鍵を回したと言える。
「我々はそのバケモノを第一号として考えている。」
「わ!なんだこれ!」
【緊急時以外使用禁止】と書かれた明らかに怪しいスイッチを胸骨圧迫の手の構えで押そうとする。
「あっ!やめなさい!!」
央駆の説明どころか、くるみの鍵すら刺さっていなかった説がちょっとある。
「それはその時に使う!使わない事が一番だが...」
央駆はすぐさま話を本題に戻す。
「早速だが、我々が一番居る部屋へ行こう。見学は後だ。」
ホルマリン漬けにされた多くの生き物の列を見ずに進んで行く央駆の行き方に慣れを感じて若干憧れる宇宙。
進んだ先にパスワードロックのかかった扉があった。
「パスワードだ。覚えておくといい。」
【195066】
「これは...」
「1950年6月6日。クラックが誕生した日だ。」
「そんなパスワードガバくていいんすね...」
「そもそもここまで来る事が厳しいから安心してくれ。」
「は、はあ。」
微妙に納得行かない理由を受けて頷きはした。
薄いパスワードの開ける扉の先には、ボロく薄暗い空間ではあったものの、最先端が詰め込まれていた。
「うおぁー!!すぅげー!」
大きな画面に映る、周辺の地図。
大量の紙資料とパソコン内デスクトップのファイル。
そして一番目を反らせないのは、並べられたエレメントスティック。
コレクタブル魂が揺さぶられながら脊髄の先を展示されたスティックに向けて目を輝かせていると、
「水上君。」
「あっはい!...え?」
目を輝かせていた電池の容量は急激に小さくなったが、それはすぐに復活した。
くるみが何かをこちらに差し出している。
アルゴンのエレメントスティックだ。
「クラックの入所祝いだ。受け取ってくれ。」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「これからなんと呼びましょう。」
「まあ、好きにして下さいよ。」
話は本題に入る。
「早速我々について説明させてもらおう。」
「何度も聞いたかもしれないが、我々は怪奇物質特別対抗部隊=クラック(CLAQUE)だ。1950年に、リム・ストローク博士が未来の脅威に備えて結成した部隊だ。」
「写真でも博士を見たことはありませんが...」
くるみが付け足すように独り言う。
「その元素プレイヤーは出自が不明だが、元素シューターはクラック結成前の1945年に20代のストローク博士が作ったと記録に残っている。」
「私たちが加入した2010年頃には、メイプルと数人の隊員で構成されていました。」
「メイプル?」
「ああ。我々の仲間で、共に協力して迫り来る怪物を倒そうと誓ったが...元素プレイヤーの使用に失敗して、もう...。」
一瞬だけ静寂が訪れる。が、何度もその静寂を経験した(決してその話題に対する緊張が無になった訳では無い)央駆は再び本題に入る。
「君にはクラックの戦士メメントとして、正式にバケモノと戦って欲しい。そのアルゴンスティックも、協力の証だ。」
返答は決まりきっていただろうし、その場にいる全員が数秒先までの未来は読めていただろうが、央駆の目はこれまで以上に強かった。宇宙はそこに央駆とくるみの過去に対する悔恨と鬱憤、現在から未来に対する全ての期待と不安が同時に含められているのを感じた。
「はい。頑張ります。」
宇宙は決意を確かなものにした。
これからの戦いに、しても良いのか分からないワクワクを持ったところで
「この後は残れるか。色々説明したいのだが。」
と聞かれ宇宙はクラックに入ってからそれまで持っていた何もかもの感情が焦りに変わった。
「あっ!」
レッスン教室に光太郎を一人放置してしまっていることを思い出した。思い出してしまったと宇宙は思ってしまった。
が、そんな唐突な苦悩も束の間。
警報。
「わっ!何だ!?」
バケモノが現れたのを知らせるその音は、もちろん宇宙には新しいものであった。
警報と同時に大きな画面の中に入った地図はポイントを示した。
「バケモノを発見、イットリウムです!」
「行けるか。」
「はい!」
「場所は...」
「水上ドラム教室です!!」
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「宇宙、何なの。あの姿...。」
樹林は見てしまった。かつて音楽を共にした仲間の暴力を振るう姿を。怪物とは言え、人を助けているとはいえ、あの姿からは宇宙を感じられなかった。
「何よクラックって。」
考えても出るはずの無い正解を眺める。
帰り道に寂しそうなベンチを撫でるように座る。
溜息。
「友達として何か出来る事。」
何とか暴力を止めたい樹林は、ある作戦に辿り着く。
「デートしよう。」
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くるみと、クラックとして初陣の宇宙はドラム教室へ駆ける。
宇宙は過去に経験した事の無い恐怖と困惑を味わっていた。
感情と闘う道中で宇宙は光太郎がバケモノに襲われている姿を想像してしまった。
「助けて!ソラ兄ちゃん!!」
実際に聞いた訳でも無い救いを乞う声が脳内を掻き乱している。
「間に合え...っ!」
光太郎の運命はこの時は祈るしか無かった。
そんな不安を積んだトラックは目的地へ着く。
「ここです。」
「光太郎!」
彼の名を読んだ時、振り向いたのはバケモノだった。頭にブラウン管が突き刺さったそれは、宇宙を見つめていた。
宇宙は気付く。そこに光太郎の姿が無いことに。
遅かった。
光太郎はバケモノに襲われたのだ。
そう悟った宇宙は怒りのままに元素プレイヤーを握りしめる。
そこに、
「おやおや、おかえりなさい。」
インが現れた。鍾乳洞へ向かう道を阻害したあの男だ。
「イン...!」
煮え滾りそうな怒りと悲しみが右手に伝う。
「あなたは...!?」
くるみはインの存在を知らなかった。
「ほう、クラックの方ですか。」
「何者!」
「未だに彼らが自然発生だと思っているあの愚かなクラックの方ですか。」
「え?」
インはブラウン管を叩きながら言う。
「貴方たちがバケモノと呼んでいる彼らは、崇高なる神の一部だ。」
「何を言っているの...?」
「貴方は神を信じますか?」
答えさせる間もなくインは続ける。
「跪け。」
ヨウ素スティックで頭を叩き、バケモノへと変貌する。
「バケモノ!?」
驚くくるみの前に宇宙が睨み立つ。
「絶対に許さない...!」
『元素プレイヤー!』
『ネオン!象徴化!』
漆黒の素体にネオン管が通る。
メメントはまずヨウ素のバケモノへ向かう。
殴る。蹴る。
メメントが押している。
が、やはり戦いが延びる程体力が著しく削られていく。
くるみは元素シューターを取り出し、撃ち続ける。
しかしダメージを食らっている様子は無い。
「!?強い...。」
またしても驚くくるみに襲いかかるのは、イットリウムのバケモノだった。
イットリウムの突進をかわすくるみ。
『タングステン!エレメント・ショット!』
ブラウン管目がけて撃ち続けるも、大きいダメージを与えられた訳でも無かったようだ。
一方、インと戦うメメント。
「見えます。見えますよ!貴方の当惑が!!」
「黙れ...!」
スネアドラムを叩き、スティックを弾く。
『ネオン!メメント・インパクト!』
人差し指をインに向けてさす。
「この一撃で、お前は...」
ところが、指をさしていた右手が痙攣を起こし始める。
「!?」
メメント・インパクトは不発に終わった。
「おっと、タイミングが悪かったようですね。」
前回の戦いでインの杖から放出された液が当たり、右手の腐敗が進んでいたのだ。
上手く神経を働かせられないメメント。
勝利は絶望的だった。
くるみの射撃も影響力が低く、イットリウムのバケモノは余裕を見せつける。
『一旦引け!』
くるみのトランシーバーから伝わる央駆の声。
「分かりました...、」
くるみは右足を引き摺りながらトラックへ戻ろうとするが、メメントはそうしなかった。
「一旦戻ろう!!」
メメントは聞かない。力のないパンチを繰り返すだけだった。
『戻れ!!』
「ふっ、冷徹なフリをしただけの頭の悪い方でしたか...」
「これでお終いですね。はぁっ!!」
インは杖を回し必殺技の準備を始める。
「逃げて!!」
「はああっ!!」
インの杖から焦げた色味の波動が放たれる。
メメントはそれを受けた。
宇宙はその場に倒れこんだ。
「ふふ...さあ、やってしまいましょう。」
「光太郎くん。」
この一言が、宇宙の心を枯れさせた。
「お前...」
荒れ狂うバケモノを見て言う。
「光太郎...なのか...。」
「ソラ兄ちゃん!ソラ兄ちゃん!」
どこからか聞こえてくる救いを乞う声。
「助けて...」
実際に言っているかは分からなかった。しかし。
この一言が、宇宙の心を滾らせた。
「...ああ。必ず救い出す...!」
力の入らない右手で、スティックを強く握る。
「俺がお前を!ぶっ倒す!!」
『アルゴン!』
プレイヤーにアルゴンのスティックを力強くセットし、はじく。
『象徴化!』
【所持スティック】
〈クラック〉
水素、炭素、酸素、フッ素、ネオン、アルゴン、カルシウム、タンタル、タングステン、オスミウム、ホルミウム
〈イン〉
イットリウム、ヨウ素
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