1.内発的ファイト
2025年。
昔ながらの鉛筆工場で二人の師弟が怪物に襲われた。
怪物の名は【バケモノ】。
【怪奇物質特別対抗部隊=クラック(CLAQUE)】の奈良 央駆と日香くるみは工場に現れたバケモノを倒そうと立ち向かう。
ドラム教室で音楽を教えていた水上宇宙は、レッスン中に鉛筆工場の事件に巻き込まれる。
とある理由で宇宙はドラムセット型デバイス【元素プレイヤー】とドラムスティックのような【エレメントスティック】を手にし、ネオンに輝く漆黒の戦士【メメント】として戦いに身を投じる事になったが...
『第36回 全日本打楽器アンサンブルコンテスト』
『葉朝高等学校…ゴールド金賞』
「やったあああああ!!」
「やったね!」
「これで悔いなく卒業できる…!」
俺と樹林、大地は喜んだ。
樹林のヴィブラフォンは美しかった。
大地のティンパニは力強かった。
俺のドラムはそのベースを作れただろうか。
この二人に金賞を導いて貰ったのではないだろうか。
「どうかした、宇宙?」
「何を暗い顔しているんだ水上君。僕たちは金賞なんだよ。」
「いや、俺二人みたいに上手くできてたのかなって…」
「ドラムは土台だ。水上君のドラムが無ければ僕たちは叩くことすら出来なかった。」
大地が励ましの言葉を投げる。
「そうそう、宇宙のお陰で私達の音楽は成立したんだよ!自信もって良いよ!」
追って樹林が励ましをぶつける。
「…そっか、そうだよな!ははっ、今日は打ち上げだ!」
「うん!!」
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「くるみ、バケモノは?」
「葉朝鉛筆工場付近へ移動しました。」
「分かった。行くぞ。」
央駆司令官が向かおうとすると、
「司令官!」
「なんだ。」
「司令官が向かってはここが…」
「仕方が無いだろう。メイプルは…。お前一人に行かせる訳には行かない。」
ホルマリン漬けにされた生き物の数々と、パソコンに配線で繋がれた精密機械と目を合わせる。
「…分かりました。失礼しました、行きましょう。」
トラックの荷台に元素シューターとエレメントスティックを詰めて工場へ走ることにした。
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シンバルを叩くところから音楽が始まる。
ハイハットでリズムを決定しスネアドラムで刻む。
やっぱり心地良い。ドラムは俺を表現してくれる。
呼び鈴が鳴る。
子どもたちだ。
「ソラ兄ちゃん!」
「よーし今日はロールを教えちゃうぞー!光太郎!」
「ほんと!?僕絶対出来るようになるから!」
「ソラ兄ちゃん!おいらは…?」
「そうだなあ、啓太はこの前のレッスンで8ビートが苦手って分かったから今日で叩き込むぞ!」
「ドラムだけに!!」
俺と子どもたちは笑顔を交わす。
「でもなあ啓太。8ビートはドラムの基本だから本当に出来てないと何も始まんないからな!」
「分かった!頑張る!!」
「よし!じゃあ早速準備運動だ!」
水の入った大きめのペットボトルを、腕を真っ直ぐにして肩の高さまで持ち上げる。
「…きついー」
「でもこれでドカドカかっけえドラムが叩けるんだ」
歯を食いしばりながらトレーニングを続ける。
あの二人は元気してるのかな。
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「…よし、木目が真っ直ぐしている。この木が一番使えるな。」
木の板に溝を作る。この溝に芯を入れることで鉛筆が完成する。芯は粘土と黒鉛を混ぜ、水を加える。
「これ混ぜれば良いんですよね?」
「ああ。」
私の弟子はまだ鉛筆を作って2ヶ月。
ぎこちない形だが、そこから感じられる若さが堪らない。
「貸せ。真っ直ぐ切るには…こうだ。」
板を美しく切り分けてみせる。
「す、凄い…!もう一度やらせてください、師匠!」
「よし、やってみろ!」
一本型を切り離した板が手渡されるその時。
爆発。
「!?」
美しい紅葉の模様が描かれた窓が無様に散る。
崩れ落ちる木材がその身を退けた先に何者かが現れる。
ダイヤモンドと思われる装飾を身にまとい、目からは黒色の粉が垂れ流しになっている。
「だ、誰だ!?」
声を発した直後、奴は手から黒鉛でできた棘を弟子に放った。
「うわああっ!」
「あっ!…行け!!」
私は弟子を逃がすしかなかった。
勝てる訳でもないのに。故郷であるこの工場を置いて?
すると一音。
銃声。
質素に輝くスーツを身にまとった組織のような人が現れた。私は頭が真っ白になった。
「ここか、くるみ。」
「はい。あのバケモノは…」
「炭素、か。」
そう言うと彼はおもむろに、持っていた特殊な形の銃に何かをセットする。
その何かは"Os"と書かれたドラムスティックのように見えた。
『オスミウム!』
『エレメント・ショット!』
組織の人がトリガーを引くと、なんと銃口から万年筆が現れ、怪物にダメージを与えた。
『ホルミウム!』
『エレメント・ショット!』
今度はレーザーとなり怪物の胴体を崩していく。
怪物は必死に抵抗するようにダイヤモンドを投げつける。
「うわぁっ!」
銃を撃っていた男性はその手をダイヤモンドに打たれ、銃を手放してしまう。
「司令官!」
そばに居た女性は銃を拾い、震える手で銃を撃つ。
が、怪物の胴体の崩壊は途中で止まった。弾切れのようだ。
「!?」
恐怖で銃が手から滑り落ちる。
ゆっくりと、だが一瞬のように思える緊張感を醸し出しながら怪物は女性とその司令官の方へ向かう。
「くっ…ここまでか…、」
その時。
「「ちょっと何ぃぃぃぃっ!?」」
それまでの緊張感を一気に解くような間抜けな声が荒廃した工場に響いた。
「少年、逃げなさい…!」
逃げず留まっていた私は、彼にそう言うしか無かった。
「安全な場所へ…」
司令官が発した言葉は、彼の右手に塞がれた。
その右手には、ドラムセットのような見た目をした、だがドラムセットと言うには明らかにコンパクトなサイズの機械があった。
「それは!!」
「え?…ってあなた達、誰!?って!バケモノ!?」
「元素プレイヤー…!?」
「元素プレイヤー?」
女性の疑問符に少年が疑問符で返すと、
「なぜ君がそれを持っている!?クラックの本拠地で保管されていたはず…!盗んだのか!?」
どうやら司令官と女性は、クラック(CLAQUE)という組織の人間らしい。
「クラック?なんだそれ、さっきまで俺は子どもたちにドラムを教えてただけだ!本拠地だか何だか知らないけど、とにかく行ってない!」
「じゃあなぜ持っている!」
「こいつが勝手に俺のレッスン教室の窓ブチ破って来たんだよ!!」
「そんな事ある訳ないだろう!これは機械だ!」
「ああ完全に同意だ。でもあっちゃったんだよ!」
『元素プレイヤー!』
「え?」
「何だ、その音は…今まで聞いたことの無い音声だ」
俺は何となくだが、こいつの言いたい事が分かった気がした。
「とりあえず、あのバケモノを倒せば良いんだな!」
自分でも分からない。何故このバケモノを目の前にしてこんなにも余裕でいられるのか。
ただ内側にいる自分の声に従わざるを得なかった。
自分の右手は"Ne"の文字が刻まれたドラムスティックをドラムセット型デバイス‐元素プレイヤーにセットした。
『ネオン!』
ドラムソロによってビートが刻まれる。
自分はスティックをはじき、プレイヤーに備わったシンバルを叩く。
『象徴化!』
黒いスーツを身にまとった俺は、プレイヤーから出る管に液体が流れ込むのを感じた。
全身がぼんやりと怪しく、それでいて力強く光る。
「君は…?」
唖然とした司令官の吐く3文字に、俺は咄嗟にこう答えた。
「"メメント"だ。」
唸りを上げて迫り来る炭素のバケモノ。
"O"の文字が刻まれたスティックをプレイヤーにセットしシンバルを叩く。
『酸素!象徴化!』
左肩に火炎放射器を身につけたメメント。
メメントとバケモノの間に炎が燃え上がる。
炎は次第にバケモノを囲むように壁を作り、バケモノは身動きが取れなくなる。
「あっ!」
メメントは地面に落ちた元素シューターを拾い、炎の壁に向かって走る。戸惑うバケモノの頭上に現れたメメントは、酸素のスティックを元素シューターにセットし、バケモノに向けてトリガーを引く。
『酸素!エレメント・ショット!』
炎はさらに広がり、バケモノを襲う。
「この一撃で、お前は死ぬ。」
炎を越え着地したメメントはそう放ち、プレイヤーに備わったスネアドラムを一度叩いた後ネオンのスティックをはじいた。
『ネオン!メメント・インパクト!!』
メメントは人差し指をバケモノに向ける。
バケモノはネオンの光に身を染められる。
メメントは人差し指を上に上げる。
バケモノはその瞬間に砕け散った。
地面に残った炭素エレメントスティックを拾い、人間の姿に戻る。
「…今のは?何だ、あの力…。」
俺は周囲を見渡した。
「君は…?」
恐怖心を含んだ表情でこちらを見つめる男性。
「一体…」
口を開けたまま閉じることの無い女性。
「何者なんだ。」
ただ一人、恐怖心の見えない真剣な顔付きの男性。
「え、水上 宇宙です…けど?」
「その元素プレイヤーと今持っているエレメントスティックをクラックに返せ。」
これのことか。
怖かった。何者かに体を乗っ取られる感覚がした。
「…は、はい。」
俺は素直に返却し、クラックのお二方は鉛筆工場に勤める方々の精神的なケアをするとのことらしいが、俺は子どもたちの待つレッスン教室へ帰った。
これで今の瞬間が、貴重な体験と呼ぶだけで済む。
そう思っていた。
【所持スティック】
〈クラック〉
水素、炭素、酸素、フッ素、ネオン、アルゴン、タングステン、オスミウム、ホルミウム
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