14.印象的フラグ
メメント・モリが再び命を潰した。
そこには、顔を変え続ける"奇術師"ソプラノの姿。
コンクールまで1ヶ月を切っていた。
光太郎は宇宙の不在を心配に思う中、啓太と出会って──
「あら?可愛いじゃない!」
くるみの姿はチューに変わった。
口を開け続けている大地の横で不敵に笑うアルト。
「急いできたのかい?ソプラノ。」
「ん?あーそうそう、急に元素プレイヤーがぶっ飛んでくもんだから私ビックリしちゃって。」
チューの顔は見知らぬ女に変わる。
顔を変える女の名はソプラノ。
「奇想天外!神機妙算!私にかかればその場は混沌!ソプラノお姉さんのお出ましよ!!」
ソプラノはタオルで目を隠し、顔のパーツを象った紙をばら撒き出した。
「何をしている…?」
「福笑いだ。」
「目の前にメメント・モリがいるんだぞ!?」
「それがどうしたのー?」
メメント・モリはソプラノに攻撃をせず姿を解いたと思うと、宇宙がその場に倒れこんだ。
ソプラノはタオルを外すと、
「やっぱりそうなのね、Mr.クーロン。」
「なぜ攻撃しなかった…?」
「Mr.クーロンの意思は神頼りなのよ。」
「どういう…」
再び投げかかる大地の疑問を受けたソプラノはアルトを見た。
アルトは咳払いをすると、次の言を放った。
「もう時間が無い。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コンクールまで次週で1ヶ月を切る。
光太郎はいつものようにレッスン教室を訪れる。
"講師が体調不良の為、本日のレッスンは延期とさせていただきます。"
「やっぱりそうなんだ。」
そう呟き光太郎は父親の車に戻ろうとする。
振り返ると、そこにはかつて共にレッスンを受けていた啓太の姿があった。
「啓太君…?」
笑っているような、そうでないような。
「久しぶり、何してたの?最近学校どう?」
光太郎から発される全ての質問を啓太は無視した。
「いいよね、君は才能があって。」
その一言だけを置いて、啓太は光太郎に背を向けた。
「ちょっと待ってよ!なんだよ!?啓太君だってすごいじゃん!!」
「でも僕は光太郎君みたいにコンクールに出られなかった!!僕も叩きたかった!!光太郎君みたいにソラ兄ちゃんに褒められたかった!」
光太郎は言い返す。
「僕だって!!ずっと順調なんかじゃなかったんだよ!」
啓太は言い返す。
「僕は、僕は、そんな事も言えないんだ…。」
少しの間、沈黙が挟まる。
「コンクール、見に来ない…?」
光太郎が言う。
その一言が火に油を注ぐ事となってしまう可能性があったことは、光太郎も子供ながらに重々承知していた。しかし、光太郎は啓太を信じた。
啓太なら理解してくれる、啓太なら前を向いてくれると。
「初めてなんだ、大きい所でやるの…ソラ兄ちゃんも最近いないし、怖いけど、頑張ろうと思う。」
啓太は少し口を開け、首を振った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目を開ける。
見た事の無い部屋だ。
布団を捲り起き上がると、宇宙は障子を見た。
床に畳が敷かれていることに気づく。
「和室…?」
「チューが死んだよ。」
顔を上げると、アルトがいた。
「誰なんだ…」
「私はアルト、最強の…医術師さ。あれ?こんな自己紹介をされた記憶はないのかい?うーんそうだな、君はキセノンとクリプトンのスティックを所持している筈だ…。」
宇宙のポケットから例のスティックが取り出される。
「あ…」
「…その反応。君は随分と都合のいい人間のようだ、誰も教えてくれやしない。君の犯した、過ちを。」
「過ち…?」
「余りにも平然とした環境の表面が変わらなすぎる。」
アルトは複雑な顔をする。
「…それは良い事だ。」
「何者…」
「自身の正体も知らずして私の正体を聞こうだなんて、到底その姿勢には理解が及ばないね…。」
戸惑いを隠しきれない宇宙の泳がせた目は、別の間の出入口であろう襖を捉えた。
「おや、気になるのかい?流石だね…」
アルトが襖を開けると、そこにはドラムセットが置かれていた。
「ドラムセット!?」
食いつく宇宙だが、全身の筋肉が痛む。最近戦いも無く、運動した記憶など無いのに。
「うっ…」
「叩きたいけれど身体が疲れているか…。ご飯でも食べようじゃないか。」
目覚めて少し経ち、アルトは宇宙に料理を振舞った。寿司だった。
「寿司…」
「君、寿司好きだろう?」
宇宙は寿司が好きだった。
「え、何で知ってるの?」
アルトは頭に指をさし、眉を上にあげる。
「私の勘がそうだと言っている。」
アルトはかなり良い音と共に手を合わせる。
「さ、早く食べたまえ!新鮮なうちに。」
宇宙は一度疑ったが、余りの空腹に箸を動かさざるを得なかった。宇宙は最初にイカを選んだ。
「渋いねえ。」
どうやらアルトの副音声付きのようだ。
少し嫌な顔をしつつも振舞ってくれた事を恩として黙った。
次に、宇宙はタコを選んだ。
「寝起きにしては歯ごたえありすぎじゃないか?」
と、訳の分からない事を言われる。
お前が出したんだろ、と思いながら黙食に勤しんだ。
「さて、私と大地くんが君の心臓を狙っているということはご存知かな?うん食事中だったね、ご存知だと言うことを前提に話させていただくよ。」
アルトが用意していたであろう話題を持ちかける。
「私は早く君に死んでほしい。」
宇宙はタコを喉に詰まらせ、むせた。
「なんでだよ!」
「君が全ての元凶だからだ。」
「元凶?俺が倒していくからバケモノが強くなってくとでも言いたいのか?」
「いや、君は何気ない優しさに慣れすぎている。」
「符裏蓮はどうしたんだい。」
「あいつは師匠のお見舞いって…」
「そうか。」
アルトは気付いている。宇宙の仲間が皆、『宇宙が人を殺した』という事実を隠蔽している事に。
アルトは深く息を吐いて言う。
「そもそも他人の善意に気付けない者は悪だ。」
「…そういう事だ。好きに過ごしていくといい。」
アルトはどこかへ去っていった。
アルトの言葉を理解しきれなかった宇宙はただ、目の前にある魚類の死骸を眺めるだけだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
インも、チューも死んだ。
ヨウはこれまで無かった"虚無感"に襲われる。
Mr.クーロンの立ち上げたアイソトープに最初に入ったのは、インだった。
その時彼は宗教学を勉強していた。
世の中で信じられていた形なきモノに興味があった。
宗教こそ人間を人間たらしめる美の象徴。そう確信し続けてきた所、彼は見た事も聞いたこともない異物に出会う。
万物は神が創造したモノであり、知恵である。我々もそのひとつであり、決して運命に背いてはならない。背くことはできない。
神を信じ、神に全てを捧げる者のみ生き抜くことができる。
と。
興味本位で踏み入れた片足は、混沌への第一歩であった。
そこには、男がいた。
「ようこそ、神の部屋へ。」
そこに、お墓が置かれている。
「墓…?これは誰の」
「神だ。」
「ガイネン…?」
男は彼にドラムスティックを手渡す。
「墓に供えるといい。」
そう言われ墓へ歩み寄った瞬間、操られるようにスティックを置く。すると、
「これは…!、?」
怪物だ。
頭部に液体の入ったビーカーを備えた怪物が目の前に現れた。
「神が作りし、我々の仲間だ。」
赤髪の、気性の荒い男へ姿を変えたそれは言う。
「…久しぶりだなあ、ここが今の地球…。」
最初何を喋っているのかさっぱり分からなかったが、じっと聞いているうちに言語を理解できた。
「仲間…」
「君が置いたそのヨウ素のエレメントスティックから生まれし生命。因んで名前は…ヨウとしよう。」
ヨウ。
「そして君は今日から、インだ。」
イン。
「私はMr.クーロン。神の支配を信じる『アイソトープ』の…預言者だ。」
アイソトープの預言者、Mr.クーロン。
ふふふ…
「面白いですねえ…」
私は忠誠を誓う。
私は信じる。ガイネンによる支配を。
預言者から言葉が放たれる。
「だが。」
我が預言者は後が無いようだ。
心臓の動く中で、私は必ず、
ガイネンの望む世界をMr.クーロンに見せるのだ。
「このお墓…」
「神の墓。スティックを供えよと訴え続けている。」
どうやらスティックを墓に供えると元素を象った生命が誕生するようだ。これを利用すればガイネンの時代が本格的に訪れる。
「さあ、行きなさい。」
インはスティックを供える。
"H"─水素の怪物が、ここに誕生した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
メメント・モリの誕生により、大地はモメントとしてまともに戦えずにいた。
「私の差し上げた元素プレイヤーだ。君は君をどうしてくれるんだい?」
「俺は…」
ティンパニの元素プレイヤーを握りしめる大地。
「何にも気づかない、都合の良い彼の心臓を頂きたい気持ちは分かるが、これでは正直手も足も出ないということもよく分かっているはずだ。」
「今君が尽くすべき最善の策は…」
アルトがけん玉を構える。
大地はそのけん先を掴み、親指で折ってみせた。
「ダイナミックタムを破壊する。」
【所持スティック】
〈クラック〉
ダイナミックタム、水素、炭素、酸素、フッ素、ネオン、リン、アルゴン、カルシウム、クリプトン、イットリウム、キセノン、タンタル、タングステン、オスミウム、ホルミウム
〈アイソトープ〉
ヨウ素 (ヨウ)
〈大地&アルト〉
セレン、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、アクチニウム、トリウム、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム、キュリウム、バークリウム、カリホルニウム、アインスタイニウム、フェルミウム、メンデレビウム、ノーベリウム、ローレンシウム
NEXT▶15.一意的ジャスティス