第百五十二話 試し釣り・3
最高気温が二十五度以上と予想される晴天の令和五年十月十八日水曜日に、新居の目の前の蟹江川で三度目の試し釣りを行うことにした。まだまだ暑いので体力が落ちた老体にはコタエルが、北斗一・二月合併号の原稿提出期限が近づいているのでやむを得ない。
前回の試し釣りでは午前中にサオを二本出してアカミミガメ二匹、ハゼ一匹、セイゴ二匹という釣果だったが、今回はサオを四本に増やし、二本針仕掛け・8号と20号のオモリを二個ずつ使って川底の獲物を狙うことにした。
ここ数日の犬の散歩の際に川の様子を観察しているが、あちらこちらでボラが跳ねたり波紋ができているので活性は高い。しかしボラそのものを釣ろうとは思わない。その昔、知多半島先端の海でたまたま大きなボラが釣れたので刺身にしてみたが、見た目も味も鯛の刺身とみまがうほどで美味かった。しかしここ蟹江川のボラは生臭くて食べられる代物ではないだろう、おそらく。
今朝、家のゴミを所定の場所に出す際に川を眺めてみると前回よりかなり水位が低いので、八時半頃に近所の釣具店までエサのゴカイを買いに行った際に、柄の長さが九十センチほどのタモを八百八十円で手に入れた。
釣具店のおじさんに聞いたら、蟹江川のハゼはもっと下流で釣り人が多く、新居の辺りはアカミミガメが最も多く繁殖している流域と教えてくれた。
家から徒歩五分の場所に荷物を置いて日傘を広げた。氷を持参していないため、大切なエサ様が直射日光で弱るのを防ぐための日傘だ。一本目のサオに仕掛けをセットして投入したのは午前九時五分だった。そして四本目を投入し終えた直後の九時三十五分頃にサオ先につけた鈴が鳴った。
そのサオ先を見ると派手に動いているのでタモを用意し、リールを巻いていくと案の定アカミミガメが浮いてきた。足元のコンクリートから水面まで一メートルほどあるので膝を着き手を伸ばしてタモでカメを掬い、コンクリートの上で腹の面を上にして口元を見ると、甲羅の長さが十五・五センチのこのカメは強欲にも針を二本とも飲んでいた。
次に鈴が鳴ったのは十時頃で、ずいぶん重く感じたので大きなゴミが付いているのかと思いきや、二匹のカメが二本の針それぞれに食いついて上がってきた。二匹同時にタモで捕らえ、スケールで甲羅の長さを測ると十六センチと十七センチだったが、写真を撮ってからハサミで糸を切り、腹面を下にしてやったのに二匹ともなぜか逃げ出さない。
そのサオに新しい仕掛けをセットして川に投入するまでの間もそのままの状態だったので、針を飲んだまま甲羅干しするなんて肝が据わった奴等だと感心しながらゴム長靴の先で小突いたら、やっとスタコラサッサと川に向かって走り出しドボンと落ちて行った。
そして十時二十五分には十六センチのカメが、十時五十分には十九センチのカメが釣れてきた。今日はカメしか釣れないのかと半ばあきらめかけていた十一時五分頃、鈴が鳴ったような気がしたのでリールを巻くと十二・五センチのハゼが釣れてきた。
ハゼは唐揚げにすると美味しい魚なので釣れたのは嬉しいが、蟹江川の水質が良好とはいえないし、どうせ釣れても数匹だろうから腹の足しにならない。何より息子の奥さんの顔色を伺いながら包丁でハゼのウロコを飛ばしハラワタを出して新居の台所を汚すのは気が引ける。ゆえに逃がしてやるつもりだから、なるべくハゼを弱らせたくないのでタモを水で濡らし、その上に乗せて急いで写真を撮って針を外した。
その直後の十一時十分には十一センチのハゼが、十一時二十五分には十三センチのハゼが釣れた。二十分間で三匹も釣れた勘定だから絶好調といえる。しかしほぼ無風のこの日、強い陽射しがジリジリと照りつけ老体には苛酷で、思い切ってエサ箱に残っているゴカイを川に捨てた。
これで、泣いても笑っても釣れても釣れなくとも、この合計八本の針に刺してあるエサで終了する、と気合を入れ直したところで十一時四十分に鈴が鳴った。リールを巻くとズッシリ重く、案の定この日六匹目、甲羅の長さ二十センチのアカミミガメが釣れてきた。
そしていよいよ、一本ずつ順番にサオを上げて片づけていき、十一時五十五分に最後の四本目のサオのリールを巻いていくと、なんと十一・五センチのハゼが釣れていた。針をパックリ呑み込んでいるせいか元気がなかったが、これまで同様にタモを川の水で濡らしてその上で写真撮影し、口元で糸を切ってから川に逃がしてやった。
しかし、カメやウナギのように飲み込んだ針を自力で吐き出すなんて芸当は、躰が小さいハゼには無理だろう。ということは、仏教的見地からは『無益な殺生』をしたことになり、死んだら地獄に落ちるかもしれなくて、それはイヤだから、とりあえず南無妙法蓮華経と唱えておいた。
全部片づけて家に辿り着いたのは十二時十五分頃だった。そして、リールとサオを水道水で洗おうかどうか迷っていると、ふと、使用済みの針や糸を持ち帰るのを忘れたことに気付いた。一箇所にまとめてあるが、万が一野鳥や鳩などの足に絡みついたら動物虐待になってしまう。だから、夕方の犬の散歩の際に、それらを回収に行ったのだった。