第3話 キャロル襲来
11/20 改稿済
アルフェンシュタット
「ここが始まりの町……」
HINAに見送られて、私はレンガで造られた家々が並ぶ、中世の北欧の街並みを再現したかのような風景に包まれていました。
「とりあえず施設の確認を先に…」
と思って歩き出そうとしたとき、周りの視線がこちらを向いていることに気が付きます。
「なあ、君ってビーストを選んだのか?」
と周りにいた男の一人が声をかけてきます。
「さっきワールドアナウンスがあって、隠し種族の2種族目が解放されたってさ。見たことない見た目だし、もしあんただったら教えてくれよ」
と隣にいた戦士風の男が興奮気味に追及してきます。
「え、えっと…」
元々人見知りの私は、二人の男に囲まれた瞬間、言葉が出なくなりました。
「あらん?こんなイケメンたちが小さな子狐ちゃんを困らせて。何をしてるのかしら?」
という癖のある声が後ろから聞こえてきます。振り返ると、身長が2メートルもある黒髪オールバックの男性が、明らかにサイズが小さいパツパツの初期防具を無理矢理に身に纏って立っていました。
「お、お前は…?」
どうやら戦士風の男の人はこの人が誰か知っているようです。
「このキャロルお姉さんが、話の相手をしてあげるわよ?」
キャロルと名乗ったその女性?は、顔をくしゃりと笑います。
「この装備…勝手にサイズ調整するんじゃなかったのかな…?」
私は心の中で思います。
周りの人々は驚いて、あたりを見渡すと、多くの人が急いでその場から逃げていきました。
ひゅー。静かになった町の一角に、風が吹き抜け、落ち葉が舞っていました。
「あら、こんなに静かになってしまったわね」
とキャロルさんは少し困ったように言います。
「ぁの、えっと……」
言わなきゃいけないことは決まっているのになかなか口から言葉が出てきませんでした。
「なんだか喉が渇いたわね。いい喫茶店を知ってるのよ。いかないかしら?」
と彼女はウインクをしながら言いました。そのウインクは、私の心を和らげる魔法のようでした。
「……ゲームの中なのに飲み物が飲めるんですか?」
私は恐る恐る尋ねます。
キャロルさんはにっこりと微笑んで、指で自分のリップを触れます。
「このゲーム、五感が結構リアルよ。感覚的には、まるで実際に飲んでいるかのような気分になれるの。味や温度まで感じることができるのよ」
「すごいですね……。もし良ければ連れて行ってもらえないでしょうか?」
キャロルさんと喫茶店へ行くことになると、私の心は少し軽くなりました。
キャロルさんは前を歩きながら、私を喫茶店の方向へと導きます。VRMMOの中の街並みは美しく、古いヨーロッパのような雰囲気が漂っています。石畳の道を歩きながら、キャロルは色々な店や建物の説明をしてくれます。
やがて、私たちは「Klein StumpfCafé」という名の喫茶店の前へ到着しました。店の外観は古風で、細工された木の扉や窓枠が特徴的です。店内に入ると、ほのかな紅茶の香りと焼きたてのスコーンの匂いが漂っています。
「ここ、素敵ですね」
キャロルさんはにっこりと笑いながら席に案内してくれます。
「このアールグレイと、クロテッドクリームがたっぷりのスコーンは絶品よ」
私たちは静かな喫茶店の席に着き、メニューを眺めながらアフタヌーンティーセットを注文しました。周囲は落ち着いた雰囲気で満ちており、私はようやく心を落ち着かせることができました。
「キャロルさん、さっきは助けてくれて本当にありがとうございました」
と私は感謝の気持ちを込めて言いました。その言葉を口に出すと、心が少し軽くなったように感じました。
キャロルさんは微笑みながら、頷いて答えました。
「いいのよ。でもね、こうしてみていると、あなたは実は冷静に対応できる子なのね。あの時は小さく見えて、放っておけなかったけれど。改めて自己紹介をしましょう。私はキャロル、ヒューマンの戦士よ」
私は頬をかきながら、恥ずかしくなりました。
「私はたるひといいます。種族は妖怪で、職業は「子狐」なんです。私、捲し上げられたりするのは苦手なんです……キャロルさんは、なんだか安心できるんです。おじいさまに似た優しさを感じるんですよね」
「あら、それはおじいさま、とても優しい方なのね」
「はい、おじいさまはいつも私を守ってくれるんです。それに、自分のことより他人のことを優先してしまうちょっと困ったおじいさまなんです」
「それは、さぞかしいい女なのね」
私はそのコメントに首をかしげます。キャロルの「いい女」の基準はなんなのでしょう?私ではきっと満たせそうにないと思います。
「あとキャロル、でいいわよ。あたしもたるひちゃんって呼ぶから。お姉さんも捨てがたいけどね!それにフレンド登録もしましょうか」
驚いた私は思わず言います。
「フレンド登録……?町についてから10分もたたないうちにお友達ができるなんて、VRMMOってすごいです……」
「……キャロルさん。やり方がわからないです」
意気揚々とステータス画面を開いたものの、他のオンラインゲームをやったことがない私にはどこをどう操作すればフレンド登録ができるのか全くわかりません。私の気持ちと連動するかのように、耳と尻尾が垂れ下がってしまいます。
それから私はキャロルさんにいろいろとアドバイスをもらいました。キャロルさんはβテストに参加していた経験があるようで、詳しく色々と教えてくれました。プレイヤーが生産職を同時に持つことができ、キャロルさんは鍛冶師を選んでいるそうです。彼女の見た目からして、鍛冶師は本当に似合っていると思います。
このゲームには、自己進化型AIが様々な場所での変化を担当しており、βテストの時の攻略情報は現在のゲームにはほとんど役立たないようです。スキルの取得方法は大きく3つ。1つ目は、職業のスキルツリーから取得する方法。これが一番基本的です。2つ目は、特定のクエストの報酬として習得するもの。3つ目は、プレイヤーの行動から生まれる特殊なスキル。このスキルは非常に強力ですが、いくつかの制限があるそうです。
「キャロルさん、movement・assistってなんですか?」と私は初めて耳にする言葉だったので、質問してみました。
「あら、アバターを作成する際に設定をされなかったの?それは、このゲームの中での特殊な動きをサポートするための機能よ。高設定にすると、プレイヤーのステータスに応じて、壁を走ったり、弾を避けたり...そういった超人的な動きができるの。ただ、それ以上の動きはサポートされていないわ」
「βテスト参加者の中には、この機能を徐々にオフにして、精密な動きをマスターするプレイヤーもいたわ。私の知り合いには一人だけ完全にオフにしてる人がいて、彼とのバトルは本当に激しかったわ」とキャロルさんが続けます。
HINAは、そんな情報は一切教えてくれませんでした。彼女は私に合わせて、簡単にしてくれたのでしょうか。
「キャロルさんは、どのレベルで使用しているんですか?」
「私は、最低設定の1でやってるわよ」と、キャロルさんはステータス画面を見せてくれました。その横には、M・Aレベル1と書かれていました。
「でも、私の名前の横には何も表示されていないんですが...」
「えっ、そんなことないはずだけど...あら、本当にないわね」とキャロルさんが驚きます。私はアバター作成時のHINAとの出会いや、M・Aについての説明を受けていないことをキャロルさんに話しました。
「HINAって名前、初めて聞くわ。それに、走るだけで足がもつれるなんて...確証はないけれど、あなたのM・Aはオフになってるかもしれないわね」
「このままでも大丈夫でしょうか?」
私は少し不安を感じながら尋ねます。
「見た感じからすると、たるひちゃんは魔法職のようね。大丈夫、何とかなるわ。それに、PvP上位を目指すなら、M・Aオフでも慣れることは有利になるかもしれないわ」
キャロルは笑顔でそう答えてくれました。
私はPvP上位を目指しているわけではありませんが、キャロルさんの言葉には安心しました。
「それに、たるひちゃんのお父さんはゲームを楽しんでほしいって思ってるんでしょ?だったら、この状況も含めて、全てを楽しむ気持ちでいるといいわよ」
そういうと、キャロルさんは椅子から立ち上がり、窓の近くにあるレジの方へ向かいます。
「あたしはそろそろ次の町に行こうと思うの。本当はもう少し、レベル上げのコツとかも教えてあげたかったんだけれど、本格的な鍛冶施設が次の町にあるのよ」
「いえ、なにからなにまで教えてくれてありがとうございます。ところで、このカフェってどうやってお金を払うんですか?」と、目の前に置かれている紅茶を指差して尋ねます。
「初期でもそれくらいのお金なら持ってるはずだけど、それは回復薬とかを買うのに使うといいわ。もうあたしが払っておいたから」
「それは流石に悪いですよ!助けてもらって、しかも色々とアドバイスまで…」
キャロルさんはウインクして微笑みます。
「子狐ちゃんの旅立ち祝いよ。私も初めてのMMORPGを始めたとき、誰かに助けてもらったことがあったから。いいから受け取って。何かあれば、フレンドリストから連絡してね。また会いましょう」
そう言って、キャロルさんはカフェの扉を開け、外に出て行ってしまいました。私は彼女の背中を見送りながら、彼女の優しさに心から感謝していました。
~キャロル side~
風が涼しく、人々が賑やかにおしゃべりする声や足音が耳に届く。レベル上げを終えたあたしはアルフェンシュタットの街中を歩いていたの。でも、何となく静かな場所を求めて、歩き続けていたのよ。
【ワールドアナウンス:プレイヤーが初めて条件を達成したため種族妖怪がアンロックされました。詳しくはtopicをご覧ください】
ふうん、二人目ね。前回は魔族だったわね。β版にはなかった要素ね。新しい種族って、ワクワクするものね。
そんな時、目に留まったのは、明らかに初心者風の少女。周りの視線に困惑している様子で、戦士風の男たちから声をかけられていたわ。彼女の狐の耳と尻尾が、あたしの興味を引いたのよ。
「あらん?こんなイケメンたちが小さな子狐ちゃんを困らせて。何をしてるのかしら?」と、あたしは彼らに声をかけてみたの。
「この装備…勝手にサイズ調整するんじゃなかったの?」と、少女が驚きの表情で自分の装備を見ているのを、あたしはちょっと楽しみながら見ていたわ。思っていることが口に出ちゃってるわね。
あたしは気づけば、たるひちゃんを行きつけの喫茶店へ連れて行って、フレンド登録を提案していたわ。
「……キャロルさん。やり方がわからないです」と、たるひちゃんが戸惑う姿に、彼女の初心者らしさが微笑ましかったわ。
彼女が「M・Aってなんですか?」と質問したとき、その言葉の意味を理解することはできたけれど、しかし、彼女がなぜそれを知らないのか疑問に思ったわ。
彼女の説明から、アバター作成時の一連の経緯を知った時、あたしは彼女の状況が少し異なることを理解したの。特に、彼女のM・Aがオフになっていることは非常に珍しいケースだったわ。
「HINAって名前、初めて聞くわ。それに、走るだけで足がもつれるなんて……」とあたしが言うと、彼女は少し驚いていたけれど、同時に自分の状況についての不安が顔に表れていたの。
あたしは彼女に、M・Aのオフ設定が初めは難しいかもしれないけれど、実は多くの利点があることを伝えることにしたわ。「見た感じ、たるひちゃんは魔法職ね。大丈夫、何とかなるわ。それに、PvP上位を目指すなら、M・Aオフでも慣れることは有利になるかもしれないわ」とアドバイスしてみたの。
彼女の目が輝いているのを見て、あたしは彼女がこのゲームを本当に楽しもうとしているのを感じて、心の底から嬉しかったわ。たるひちゃんの純粋な気持ちは、本当に心を打たれるものがあるわ。
最後に、彼女がカフェでの支払いについて心配している様子を見て、あたしはちょっとしたサプライズを用意することにしたの。「初期でもそれくらいのお金は持ってるはずだけど、それは回復薬とかを買うのに使うといいわ。もうあたしが払っておいたから」と言って、彼女の心配を解消したのよ。
「また会いましょう」と言いながら、あたしはカフェを後にして、次の目的地、ツェントラルライヒへと向かうことにしたわ。
思わぬ出会いをしたあたしは、ツェントラルライヒへの道のりを進みながら、たるひちゃんのことを思い返して、なんだかワクワクしてきたわ。彼女のように純粋なプレイヤーに出会えるのは、このゲームの魅力の一つよね。
ツェントラルライヒへの道は少し長かったけれど、あたしの気持ちは軽やかだったの。次に会うときは、もっと彼女にいろいろと教えてあげられるとうれしいわね。そして、ツェントラルライヒの街の入り口が見えてきたわ。新しい冒険の始まりよ。