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第2話 迷い狐

「まあ、まだレギオン実装まで時間があるから、たるひちゃんは名前を考えておくのが課題ね?」


 久しぶりに来た、アルフェンシュタットの街を歩きながら、私は心の中で名前を考えていました。キャロルさんが言った通り、レギオンの名前は大事です。そして、その名前はこれからの私たちの方向性を示すものでもあります。


 レンガ造りの家々が並ぶ中世ヨーロッパ風のこの街は、いつ歩いても美しく、心が落ち着きます。市場の賑やかな声、プレイヤーたちの楽しそうな会話が、このゲームの世界の魅力を改めて感じさせてくれます。


「レギオンの名前……」


 私はふと立ち止まり、空を見上げました。これまでの冒険、出会った仲間たち、そしてこれからの未来。全てが頭の中で交錯しています。


 私たちのレギオンは、単なるイベントのための集まりではなく、勝手ですが、絆で結ばれた仲間だと思っています。だからこそ、その名前は大切にしていきたいです。


「何かいい名前が見つかるといいですね……」


 私はそう思いながら、再び歩き始めました。


 私がアルフェンシュタットに戻ってきた理由は、2次職になるためのヒントを探すためでした。キャロルさんに教えてもらった通り、どの町にも特別な石板があり、それを使えば、いつでも簡単に町の間を行き来できるらしいのです。



 雑貨屋:アンフェンガー



「おばあさん、お久しぶりです」と声をかけながら、雑貨屋に入りました。カランコロンという鐘の音が心地よく響き渡り、お店に入ると、商品が所狭しと並んでいる光景が私を迎え入れてくれます。


 お店の中は、2週間以上前に訪れた時と変わらず、色とりどりの商品が並んでいました。


「おや、いらっしゃい。あんたは迷い狐の子じゃないかい」と、店の奥から現れたおばあさんが、温かく微笑みながら私に話しかけます。


「1回しか来ていないのに覚えていらっしゃったんですね……それに迷い狐というのは一体?」


 私が尋ねると、おばあさんは優しく答えました。


「物覚えがいいのが取り柄みたいなものだからね。迷い狐というのはそういう迷信だよ。大人になれない永遠の子狐のことを言うのさ」


「大人になれない……」


 2次職のことを言っているのでしょうか?


「そういえば、おばあさん。私のこと怖くないのですか?」


 前に来たときはこんなにおばあさんは話をしてくれませんでした。


「妖怪に近い狐は恐ろしいけど、あんたみたいな子は可愛いものよ。こっちはいろんなお客さんが来るからね、慣れてるわ」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


「回復薬を5個ください」と私はおばあさんに頼みました。おばあさんは快く「もちろんよ」と応じて、薬をくれました。


 店を後にしながら、私は少し考え込みました。初めてこの店に来た時とはおばあさんの態度が随分と変わっていたのです。以前は私のことを恐れていたかのように話もあまりしなかったのに、今日はとても親切で話しやすかったのです。私の中で何かが変わったのか、それともおばあさんの中で何かが変わったのか、その理由を私はまだ知りませんでした。


 そんなことを考えながら、私はアルフェンシュタットの石畳の道を歩いていきます。


 酒場:トランク・パーティー


 酒場の中は、活気に満ちていて、客たちの笑い声や会話の声が賑やかに響いていました。私は人々をかき分けながら、カウンターに立つマスターのおじさんのところへと進みました。


「お久しぶりです。おじさん、なにかお手伝いできる依頼はありますか?」


 マスターのおじさんは少し驚いた様子で、「狐の嬢ちゃんか、随分と久しぶりだな。ここらなら依頼は腐るほどあるぞ」と答えました。


「あの……牧場のお手伝いはまたありますか?」


 雑貨屋のおばあさんの変化が気になったため、他のNPCの人々の態度がどうなっているのかも気になっていたのです。


「あるにはあるが……今回のはちょっと大変でずっと余ってるぞ?」とおじさんは少し心配そうに言いました。


「それでも大丈夫です!」



 シュタットフィールド牧場


 牧場エリアに到着すると、私は以前お世話になった牧場主のおじさんに声をかけました。


「依頼を受けて来たのですが、私のこと教えていらっしゃるでしょうか?」

 

「あんたは……あの時あんな態度を取っちまったのにまたきてくれたのか?今回は羊の毛刈りで結構大変だってのにありがたいよ」

 

「いえ、内容を聞いたとき結構楽しそうかもと思ったので」

 と私は笑顔で答えました。羊の毛刈りは確かに手間がかかる作業ですが、何事も経験だと思っていたからです。


 牧場主のおじさんは、私の返答にホッとした様子で、羊たちがいる場所を教えてくれました。


 牧場主さんは私に向かって、羊の毛刈りのやり方を丁寧に説明し始めました。


「まずは、羊を落ち着かせることが大事だよ。急に近づいたり、大きな音を出したりすると、羊は怖がってしまうからね。ゆっくりと近づいて、優しく声をかけてあげるんだ」


「毛刈りは、羊の体を傷つけないように注意しながらやるんだ。刈り取る毛は一定の長さを保つことが大切で、皮膚に近すぎると羊を傷つけてしまうから気を付けてね」


 牧場主さんは、手本として一頭の羊の毛刈りを見せてくれました。彼の手つきは慣れたもので、羊もリラックスした様子で毛刈りを受け入れていました。


「こんな感じでやってみて。わからないことがあったらいつでも聞いてくれていいからね」


「わかりました!頑張りますね」


 私は彼から教わった通りに慎重に羊の毛刈りに挑戦しました。最初は少し戸惑いながらも、徐々にコツをつかんでいく私。羊たちも私の手に慣れてきて、穏やかな時間が流れていきました。


「最初にここにきたときはめるさんと一緒にきたんでしたね」

 と、私は牛の乳搾りにこの牧場に来た時のことを思い出しました。やっぱり、なにか変わっているような気がしてならないです。


 そして牧場主さんと協力して羊全頭の毛刈りが終わりました。


「いやー!今日は助かったよ!ほんとに誰だろうね。妖狐がこわいなんて言った昔の人は、いい子じゃないか」


「妖狐は怖いって言う話が皆さんの間では伝わっているのですか?」


「うん?そうだね。伝承?言い伝え?そんな感じかな。ただ見た人がほとんどいないもんだからね」


 その妖狐に私はなろうとしている……んですか。


「牧場主さん、本日はお世話になりました。また何か手伝いがあれば、いつでも言ってくださいね」


「ありがとな、迷い狐の嬢ちゃん。これはヤギのミルクだ。良かったら飲んでくれ! またいつでも来てくれたら嬉しいよ」


 私は満点の夜空の下、アルフェンシュタットへと続く道を1人で歩きながら、心の中で思いを巡らせます。


「強くなるためには2次職は必要なのでしょう。でも私は、妖狐にはなりたくありません」


 その言葉を心の中で繰り返しながら、私はふと空を見上げます。そこには、ゲームの中でも丸く輝く月が美しく浮かんでいました。


「ああ、月はなんて丸いのでしょうか……」


 その美しい月の光に照らされながら、私は自分の中にある葛藤と向き合いながら、夜の静けさを感じていました。2次職になることの意味、そして自分がなりたいと思う存在について。それらを考える中で、静かな夜の美しさに心が少しずつ落ち着いていきました。

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