第1話 レギオン
1月10日
オーウェンさんとの戦いから1週間ちょっとが経ちました。学校も始まり、日常生活に戻っています。その中で、私にも少しずつ変化が訪れています。
「因幡さん、おはようございます」
「垂水さんおはよう!」
最近で一番大きな変化は、隣の席の因幡さんと自然に会話ができるようになったことです。以前の私は、完全に孤立していて、誰かに話しかけられても、逃げるようにして避けていました。でも、今は少しずつ変わりつつあります。
「私はやっと2次職になれそうだけど、垂水さんはどうなの?」
「そうですね……レベルは足りているんですが、何故か条件未達成って出ていて、2次職になれないんです」
私のEthereal Chronicleでの進行状況はちょっと微妙です。レベル30に達したのは最近のことですが、子狐から妖狐にクラスチェンジするには「特定の条件」を満たす必要があるらしく、その条件が何なのかが分からず、進めない状況にあります。
「条件って具体的に何が必要なの?」
「それが分からないんですよね……何か特別なクエストをクリアする必要があるのか、それとも何かアイテムが必要なのか……。調べてみたんですけど、ヒントが見つからないんです」
「そうなんだ……あ、でも私のフレも確か条件でなれないって言ってたからそういうのも珍しくないかもしれないね」
因幡さんは興味深そうに頷きながら、一緒に考えてくれました。
「そうですね、他にもそういう人がいるなら、もしかしたら、もう少しゲームを進めれば自然と条件が満たされるかもしれませんね」
その日の授業が終わり、学校の日常は静かに幕を閉じました。たった1か月前までは、私がこんな風に学校生活を送るなんて全く想像もつかなかったものです。
ツェントラルライヒ Carols' Sanctuary
「なんで私は2次職になれないのでしょう……?」
「そうねぇ、やっぱり種族じゃないかしら?」
今、私たちはめるさんが2次職になれるのを待っている最中です。どんな内容なのかはそれぞれ異なるらしいのですが、一体何が行われているのでしょうか。
VRMMOでは、各プレイヤーの種族や選んだ道によって2次職の条件が異なると聞いています。私の場合、子狐から妖狐へのクラスチェンジは、何か特別な条件を必要としているようです。それが何であるかはまだ分かりませんが、きっと何か重要な要素が関わっているのでしょう。
「キャロルさんはどんな条件だったのですか?」
「あたしはただシンプルに力を見せただけよ。でもたるひちゃんの場合は、もっと別の何かが必要なのかもね」
キャロルさんの言葉を聞いて、私は深く考え込んでしまいました。
キャロルさんと私が武器屋の中で話していると、突然後ろから声が聞こえました。
「Hey there, たるひ!キャロルもここにいたのね!」
「あ、りあさんこんにち……」
私が挨拶をしようとしたとき、久しぶりに会ったリアさんの姿に驚きました。前に見た彼女の白い羽が黒に染まっており、新しくできていた天使の輪も真っ黒に染まっていました。それはまるで、彼女が前とは正反対の姿へと変化したかのようでした。
「あら、りあちゃん、イメチェンしたのかしら?」
「いいえ、ちょっと神様に怒られちゃったのよ」
りあさんは冗談を交えながら笑いながら言いました。彼女の言葉は軽妙で、彼女らしい遊び心が感じられました。しかし、その姿はどこか異質で、まるで職業そのものの変化を受けたかのように見えました。
「りあさん、2次職関係ですか?」
「そう、実はこれ、2次職での変化なのよ。私の場合、天使から堕天使になっちゃったみたい。大天使になる予定だったけど、ちょっとしたポカをやらかしちゃってね」
りあさんは少し羞恥げながらも、その変化を受け入れている様子で話しました。
「ということは、なにかの拍子で正規ルートから外れてしまうこともあるってことね。それもまた運命感じちゃうわ」
私はりあさんの話を聞きながら、この世界では予期せぬ変化もまた、プレイヤーの選択や行動によって生じることを実感しました。それぞれのプレイヤーが選んだ道が、彼らに合った個性的な変化をもたらすのです。
「ちなみにりあさんはなにをしたんですか?」
りあさんは真顔で答えました。
「大天使になるための祝福の儀をバックレたの。だってイベント始まったら2時間かかるって言われたんだもの」
私は彼女の回答に呆れたように、「りあさん……」とため息をつきました。りあさんらしいエピソードでしたが、2時間の儀式を避けるために2次職のイベントを放棄するなんて、彼女の自由奔放さを如実に表していると思いました。
「まあ、でもこれで新しい自分を楽しめるわ。新しいスキルとかもいろいろ試せるし、悪くないわよ」
「それに今のも似合っているじゃない!あたしはいいと思うわ」
「確かにそれはそうなんですけど……」
「二人ともありがとう。それで相談なんだけど。キャロル、鎌って作れるかしら?」
りあさんの質問に、キャロルさんは少し考え込んでから答えます。
「鎌ね……興味深いわ。いまのあたしの技術なら、鎌も作ることができると思うわ。堕天使のイメージに合わせたデザインにしてあげる」
「それじゃあ、お願いするわね。キャロルのセンスを信じてるから」
「りあさんもそういえば最初は隠し種族でしたよね?」
「そうね、たるひはまだなってないの?」
「ええ、まだです。何か足りないものがあるみたいで……」
私はりあさんに自分の状況を説明しました。2次職への進化にはまだ何かが足りないようで、その理由を探っているところです。
その時、「たっだいまー!!」という明るい声が店内に響きました。入ってきたのはめるさんでした。彼女はいつも通り元気いっぱいで、その姿にはみんなが笑顔を浮かべました。
私たちは一斉にめるさんを歓迎しました。
「めるさん、おかえりなさい!」「めるちゃん、おかえりなさい」「める、おかえり。久しぶりね」
めるさんは私たちに向かって、いつものようにぱっと明るい笑顔を見せてくれました。
「大変だったけど、無事に2次職になれました!ぶいっ!!」
めるさんは尻尾を激しく振りながら、耳もピョンピョンと動かして、その喜びを私たちに伝えていました。
「おめでとうございます!どんな内容だったんですか?」
私はめるさんのアイドルとしての2次職についてどんなものか気になったので聞いてみます。
「ありがとー!うーんと、ダンスと歌だったかな?ゲームの中で音ゲーしてるみたいだった!」
アイドルっぽいと言えばアイドルっぽいですね。やっぱりそれらしい条件があるのでしょう。
「ちなみに2次職名はなんていうんです?」
「スーパーアイドル!」と、めるさんは決めポーズを取りながら満面の笑みで答えました。
その瞬間、周りが一瞬シーンと静まり返りました。その後、アイドルの2次職の安直さに、私たちは思わず苦笑いを浮かべました。
「えっと、スーパーアイドル……それは、まさにアイドルらしい名前ですね」
キャロルさんがちょっと眉をひそめながら、「まあ、ゲームの中だもの。何でもアリよね」と言い、軽く肩をすくめました。
りあさんも「ふふ、ゲームって本当に面白いわね。いろんな意外性があるのよ」と、クスクスと笑いながら言葉を付け加えました。
「名前はわかっているのに2次職になれない私はなんだかスッキリしませんが、そのうちなれるでしょう」
「今日はそれ以外にもお話したいことがあるんです。Ethereal Chronicleの2次出荷に合わせて、『レギオン』というのが解放されるらしいんです。10人までのプレイヤーで部隊を作れるシステムだそうです」
「えっ、それ面白そう!」とめるさんが目を輝かせて言いました。
「これからそれを対象としたイベントもあるみたいなので、キャロルさんにお願いしたいと思っていたんです」
「そうね……それはリーダーをと言いたいのでしょうけど、それはダメよ。リーダーはあなた、たるひちゃんがやってみなさい」と彼女は微笑みながら言いました。
「えっ、私がリーダーですか?」
私が戸惑いの声を上げると、キャロルさんは手を腰に当てて応えました。
「あなたのことだから、めるちゃんにあたし、りあちゃんにレオンちゃんあたりを誘うつもりなのでしょう? ならあなたが中心にいるじゃない」
私は少し考えてから、キャロルさんの言葉に納得しました。
「そうですね、みんなと一緒に何かをしたいです。でも私にできるでしょうか?」
キャロルさんは優しく私を見つめて言いました。「知らないわよ。でもいま見ているこの二人を見て見なさい」と彼女はそっと指摘しました。
目の前にはワクワクしながらこちらを見ているめるさんがいました。彼女の耳と尻尾は期待に満ちて踊っているようでした。そばにはちょっとクールな感じで微笑んでいるりあさんがいました。彼女の黒く染まった羽と天使の輪は何か新しい物語を語っているようでした。そして、キャロルさんも温かい微笑みを向けていました。
「みんながいるなら、私も頑張れるかもしれません。では、私たるひがリーダーを務めさせていただきます!」