第27話 最強の漢(2)
そしてついに、私の出番がやってきました。コロッセオの中にHINAの声が響き渡ります。
『第5戦目Owen選手対たるひ選手です。両選手ともにコロッセオ中央へのワープへ移動をお願いします』
私の心臓はドキドキと高鳴り、緊張が全身を覆いました。しかし、同時に期待と興奮も私の心を満たしていました。私は深呼吸をし、ワープエリアへと歩き始めます。
ワープエリアに着くと、私はコロッセオの中央に瞬間移動しました。周囲の観客席は人で埋め尽くされ、大きな歓声と期待に満ちた空気がコロッセオを包んでいました。私の目の前には、悠然と待ち構えるオーウェンさんの姿がありました。
オーウェンさんは私を見て、思い出したように笑顔を見せました。
「そうか、あの時の嬢ちゃんがオレの相手だったか!妙な偶然もあるもんだ!」
オーウェンさんのカラッとした笑顔は、彼の陽気で豪快な性格を反映していました。彼の前に立つと、その身の丈の大きさに、私は改めて圧倒されました。彼はコロッセオの中でさえも一際目立つ存在でした。
「オーウェンさん、よろしくお願いします」
一礼しながら、私は自分がこれまでに挑んできたどの対戦相手とも異なる、新たな種類のプレッシャーを感じました。
「おう。いい戦いにしようや」
彼の言葉とその瞳には私への期待と戦いへの飽くなき向上心が込められているような気がしました。
『それではカウントダウンを始めます』
HINAのアナウンスが響き渡り、試合の開始が刻一刻と近づいていました。私は深呼吸をし、心を落ち着けます。どうもあの瞳を見ていると自分のペースを崩されてしまいそうです。
『3、2、1……試合開始!』
試合が始まったにも関わらず、オーウェンさんは静かに立ち、静観を貫いていました。彼の様子は、まるで戦いの展開を見極めようとしているかのようでした。
こちらは挑戦者なんです。最初から全力でいかせてもらいましょう!
「クダ!」
私は竹筒を開き、クダを呼び出しました。同時に刀を構えていつでも攻められるようにします。
クダにはオーウェンさんに呪縛をかけてもらうよう命じてあります。
クダは一瞬のうちにオーウェンさんの周りを巻き付き、見事に呪縛を成功させました。オーウェンさんが束縛されると、観客席から驚きの声が上がりました。
ですが、オーウェンさんは束縛されてもなお、落ち着いた様子を見せ、彼の表情には驚きや動揺の色は見えませんでした。
「……狐火」
彼の静けさは、私にとって不気味でしかありませんでした。
周囲に五つの狐火を停滞させました。狐火はオーウェンさんを取り囲むように配置し、彼の動きを制限するための策略でした。同時に、刀をしっかりと構え、攻撃の覚悟を決めます。
「いきます!」
私は全速力でオーウェンさんに踏み込みました。
しかし、その一瞬のうちに、予期せぬ展開が私を襲います。
見えてほしくないものが見えてしまったのです。私が攻撃を仕掛けるよりも先に、オーウェンさんが動きました。彼は驚異的な速さで腰の刀を抜き、私の召喚したクダを斬り、さらにはその風圧で私が放った狐火を一瞬にして消し去ってしまいました。
オーウェンさんの行動によって、私の攻撃が無力化された瞬間、私は深い動揺を隠せませんでした。彼の速さと技術の差は明らかで、彼の前に立つ私は圧倒されてしまいました。「いっそのこと見えなければ良かった」という思いが私の心をよぎりましたが、私はすぐに気を持ち直しました。
「っ……秋葉の舞!」
私は紅葉の旋風をオーウェンさんの周囲に巻き起こし、彼を包み込みました。
クダが倒れてしまったので、そっとヨミを召喚し、彼女を戦いに加えることにしました。ヨミは気配を消してオーウェンさんの後ろへ向かってもらいました。
私は紅葉に「狐影」で自分を投影し、「刹那」のスキルを発動させました。時間が一瞬にして遅くなり、周囲がスローモーションのように変わります。
幻術を利用した、前方3方向同時攻撃これなら!
「キュウゥ……」というヨミの声が響き、私が投影した第4の私として活動していた彼女は、オーウェンさんによって切り裂かれてしまいました。ヨミの消滅は、私にとって大きな痛手でした。
オーウェンさんは、私の攻撃を認めつつも、冷静に評価しました。
「今のは良かった。しかし、なかなか足癖の悪い嬢ちゃんよな」
彼の言葉には、私の技に対する称賛と同時に、戦いへの慣れと余裕が感じられました。
私は空中から逆さまの三日月の蹴り「クレッセントストライク」で奇襲を仕掛けたつもりだったのですが……
私の蹴りは、オーウェンさんに簡単に素手で掴まれ、捕獲されてしまいました。
私は空中で逆さまになり、オーウェンさんの手で動けなくなってしまいました。
「さあて、これはどうするかい?このスキルは特定部位に命中すれば即死効果があるんだ」
オーウェンさんが私の心臓に向かって刀を向けてきます。この状況は、私にとって絶体絶命の危機でした。私は必死に考え、何か対策を見つけようとします。
「時間切れだ」
「ま、まだ……」
オーウェンさんの刀が私を貫こうとする瞬間、私は刀を使って必死に彼の攻撃の軌道をずらします。この反射的な動作は、オーウェンさんの刀が私の心臓を貫くのを辛うじて避けました。しかし、刀は私の体に深い傷を残し、私のHPは急速に3割弱まで減少しました。
「ぃ!?……え、炎狐の舞!!」
炎狐の幻影がオーウェンさんを取り囲み、私はその混乱を利用して彼の手の中から抜け出しました。オーウェンさんは私を放し、私は炎狐の舞の中で空中に放り出されました。
空中で手を離された私はコロッセオの床に向かって落下しました。私の体からはドットが散り、床に向かって「ベチャ」と落ちる音がコロッセオ内に響き渡りました。
はやく、たたないとおーうぇんさんにまけちゃいます……
『別に負けてもいいんじゃないの?』
だめなんです、やくそくしたから
『誰と?』
みんなとです
『違うよ。それは言い訳でしょ?本当は自分が変わりたいんだよ』
わたしがかわりたい?
『もう昔の弱い自分を越える準備はできてるんだよ?』
それはこわいことです
『約束。あるんでしょ?』
……はい。
『じゃあ、一緒に頑張ろうおねえちゃん!』
コロッセオの床に叩きつけられた私は、無言でゆっくりと立ち上がりました。その瞬間、会場には異変が起こり始めました。これまでの私の狐耳と尻尾は、毛先が少し銀色に染まっているだけのものでした。しかしいまそれらは、突如として神秘的な銀色に変わりました。尻尾は一本から二本に増え、その動きはまるで生きているかのように優雅で力強く舞っています。
私が今感じているこの変化、このスキルは、過去に一度だけ体験したことがある感覚でした。しかし、今回のそれは、あの時とは比べ物にならないほどの強大な力を感じさせました。
私は笑みを浮かべながら、オーウェンさんに向けて歩き続けました。私の心の中で、淡い疑問が浮かびました。
「本当にあの子は私に何をさせたいのでしょうね」
スキル名:トランス
効果:「トランス」スキルを使用すると、プレイヤーは防御能力を失う代償として、攻撃力と速度が大幅に上昇します。このスキルにより、プレイヤーは通常では使用できない一部の特殊スキルを活用することが可能になります。