第2話 『HINA』
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無の空間、一面の白さが広がるこの場所で、不意に声が聞こえました。
『EtherealChronicleの世界へようこそ、おねえちゃん!』
目の前に小学生くらいの女の子が現れます。黒髪でショートヘアの子です。
「あの、あなたは?」
『わたしはHINA!うーんと、Ethereal Chronicleを始めた人の案内人?をしてるの!』
案内人、というとただのNPCかと思いきや、彼女はどこか違います。会話の端々に、機械的ではない、人間らしい感情が感じられるのです。
「初めてVRゲームをプレイするのですが、何から手を付けたらいいのか教えてもらえますか?」
『もちろん!まず、このゲーム、すごいんだよ。世界が生きてるみたいに変わっていくんだ』
「生きてる…ですか?」
『うん!このゲームは特別なAIがいて、プレイヤーの行動によって世界が変わるの!だから、みんなの選択で歴史が塗り替えられることもあるんだよ!』
目の前のこの子がAIとは到底思えないほど、彼女の表情は豊かです。私の知るAIの概念を完全に覆す存在…お父さんが関わったこのゲーム、一体どんなものなのでしょう。
「ふわっとした感じはするけど、なんとなく理解できました」
『それじゃあ、名前を決めようか』
あまり深く考えず、とりあえずいつもの名前でしょうか。
「ヒメカ、でお願いします」
『あ、ごめんね、その名前、既に使われてるみたい…』
名前選びからして難関…いつも使っている「ヒメカ」が使えないなんて思いませんでした。
_____15分後
しばらく考えた後、ふと「たるひ」という言葉が頭に浮かびました。その言葉は、「氷柱」という意味を持っています。冷たく、静かで、透明感のある氷柱。それは、私が現実世界で感じている自分自身のようなものでした。周囲から少し距離を置き、静かに存在し、時には透明に感じられる私。そしてとても折れやすい脆さも持っています。
「たるひ。たるひにします!」
『じゃあ、たるひでいいんだね、おねえちゃん』
私は少しの疲れを感じながらも、肩の力を抜いて頷きます。
『次はアバターなんだけど…』
HINAの言葉に、何となく心の中で不安を感じます。HINAは少し考え込むような仕草を見せました。
「どうかしたのですか?」
『ううん、なんでもないよ!現実と体格差があると動くときに違和感があるだろうから、髪とか変えるくらいでおねえちゃんは似合うと思うけどどうかな?』
HINAの隣に光が集まり、今朝鏡で見た私の姿が現れました。思わず息をのみます。
「ええぇ…人生の中でもう一人の自分と会うことになるなんて思いもしませんでした…」
『それ、おねえちゃん自身だから… 髪型とか好きに変えれるからどんなのがいいか言ってね!』
心の中で思考を巡らせます。ゲームですから、少しくらい派手な髪色でもいいですよね。HINAにカタログみたいなものを求めると、彼女はそれを提示してくれます。
「これなら誰にも私だと分からないはずですね」
選んだのはホワイトブロンドの髪色にカントリースタイルのツインテール。学校ではツインテールをしたことがないので、これならば大丈夫でしょう。
『最後に種族と初期職業を選ぶんだけど、これをやってみない?』
「AI診断~100問~(仮)」というタイトルを見て、心の中で笑ってしまいます。なんというか、宗教の勧誘みたいです。
『でもこれなら、最初は普通選べない種族だったり職業を選べる可能性もあるから、ちょっとお得だよ?…ランダムだけどね』
心の中で考え、決断します。
「では、100の質問というのをお願いします」
100の質問の中、最後の問題が目に入ります。
【君にこのゲームを楽しんでもらえるといいな】
この一文に触れた瞬間、私の心の中でふっと浮かんできたのは、13年前のクリスマスの夜の記憶でした。
『あの時の私は、ちっぽけで不機嫌でした』
「おとーさん、わたし、このゲームむり」と泣きそうな声で私は不機嫌に訴えていました。父の優しさと温かさは、今も心に焼き付いています。
『父は笑顔で答えたんです』
「ハハハ、まだ姫華には早かったかー」と。
私の幼い怒りは、彼の愛情の中で溶けていきました。その時の私は、父の言葉にどれほどの真意があったのか、まだ理解していませんでした。
『そして、父は私に約束をしました』
「これも研究だよ、姫華。いつか、お父さんが姫華が楽しめる、いや、姫華が一番だと思うゲームを作ってあげるよ」
『その言葉を今、ここで思い出して、私は…』
「おとうさん…?」
とつぶやいてしまいました。
私はVR空間に現れた「Yes」という項目にそっと手を伸ばします。
アバターの姿が突如変わり始めます。髪の色がホワイトブロンドから金色へと変化し、それに合わせて新しく生えた狐の耳と尻尾も同じ金色に輝いていました。狐の耳と尻尾は、何か物悲しく、孤独な存在の象徴のように見えます。まるで親に取り残され、一人ぼっちで生きていくことを余儀なくされた子狐のような寂しさがそこにはありました。そして出現したステータス欄にはこんなことが書かれていました。
Status
種族:妖怪
職業:子狐
HP 120
MP 150
ATK 50
DEF 50
INT 80
MEN 75
DEX 65
AGL 60
LUK 40
スキル
トランス(lock)、狐火、管狐
装備
旅人の和装 一式
木の葉の護符
HINAの声が優しく私の耳に届きます。
『おめでとう、おねえちゃん!種族妖怪はおねえちゃんが初めてだから、みんなに種族のこと公開するね』
しかし、私の心はすぐには戻りませんでした。あの日の父の言葉とEthereal Chronicle。これは、もしかしたら、父が私に向けたメッセージなのかもしれません。
「ところで種族が公開されるというのは、どういうことですか?」
「未知の種族として転生した時、その条件や特徴をみんなのためにトピックに載せるの。だけど、詳しい情報ではなくて、もっとヒントみたいなものだよ!」
「しかし、種族が変わったことでアバターの姿が思っていたものと違ってしまいましたね。ホワイトブロンドにしたはずの髪が、今は完全に金色です。狐の種族なので耳と尾は理解できますが、この初期より2倍くらい多い髪の毛の量ともさもさ感は、一体どうしてなのでしょうか?」
『それ、妖怪としての特徴なんだよ!子狐って、Ethereal Chronicleの中では、五穀豊穣や豊作の象徴だったんだよ。でもね、だんだんと妖狐に変わる子たちが増えちゃって。妖狐って、昔はいい子だったのに、今はちょっと悪さをする子もいるんだよね。昔の狐たちは収穫の神として、みんなからすっごく大切にされてたんだよ!』
「収穫の神…」
『うん!そのもさもさの髪の毛、実は豊作の稲穂や五穀を表してるの。もさもさっていうのは、稲穂の豊かさを示してて、金色は熟れた稲や麦の色なんだ!』
「なるほど… ちょっと個性的な見た目になりましたが、これはこれでいいと思います」
HINAはにっこりと微笑みます。
『だよね!おねえちゃん、新しい世界を楽しむ準備はできたかな?』
私は自分のアバターの姿を確認し、しばしの沈黙の後、笑顔で答えます。
「うん、大丈夫です」
HINAもにっこりと笑って、
『よーし、それではおねえちゃんの冒険を始めるよ!』と、私の手を引いて光の中に消えていきました。
風を感じ、目を開けると広がるのは終わりなき草原。
「HINA...?」
彼女と繋いでいたはずの手が空を掴んでいます。
『お姉ちゃん、ここ、チュートリアルエリアってやつだよ!』
HINAの声はいつもの明るさですが、私はまだ戸惑っています。
「チュートリアルって、操作の基本的な指南ですか?」
『動き出してみて、その方が早いの』
私は躊躇しつつも歩き始め、加速して走り出すと、予期しない速度に驚き、足元がもつれて転びます。心の中で繰り返し「やっぱり…」とつぶやき、「VRって、思ってた以上に操作が難しい…」と感じます。
『現実とは違って、こちらでは身体能力がアップしているから、驚きやすいよね。でも、ちょっとした練習で慣れるよ』とHINAが優しく励ましてくれます。
しばらく走ったり、ストレッチを繰り返すことで、新しい体の動きに心が徐々に慣れてきます。安堵の息を吐き出して、「よし、なんとかなりそうです」と思いました。
『次はスキルの使い方を紹介するよ』
「確か初期スキルは『トランス』と『狐火』、それに『管狐』でしたか。『トランス』はまだ使えないですよね?」
『スキルの使い方は自由だよ!叫んだり、特定のアクションや意識することで発動する設定もできるの』
「じゃあ、言葉での発動から試してみます」
私は狐火のスキルを使用してみることにしました。
スキル:狐火
効果:狐の基本スキル。使用するたびに、その威力や弾数が向上する。
スキル:管狐
効果:使役獣。竹筒に潜む。
スキルが成長すると、最大で4つの竹筒を持つことができるようになる。。
『練習のため、モンスターを召喚するよ』とHINAが言い、一頭の牙の生えた豚のような生き物が草原に姿を現します。イノシシのようですが、見た目は家畜の豚に近いです。
【ブタシシ 練習用】
HP:∞
説明:
ブタシシは、元々農場や家庭で飼育されていた豚が、不明な理由で突然野性を取り戻し変異した生物です。かつての家畜としての面影を残しつつ、野生の本能が目覚めたため、予測不可能な行動をとることがあります。
※このブタシシは、主に初心者プレイヤーの練習用として設計されており、無限のHPを持っているため倒すことはできません。しかし、攻撃を受けても反撃せず、プレイヤーが様々なスキルや戦術を試すのに最適なターゲットとなっています。
「…狐火」と言いながら、私の手のひらに火の玉を灯ります。熱くは感じませんが、触れると温かいです。
「これ、投げればいいのでしょうか?」
10メートル先のブタシシに向けて狐火を放ちますが、残念ながら目標を大きく外れてしまいます。顔が熱くなり、恥ずかしさと失敗した自分への焦りが交差します。
『おねえちゃん、それは…』とHINAにも呆れられてしまいました。
「野球やったことないんです!」と彼女の驚呆れた表情を前に、苦笑いしながら言い訳をします。
『まあ、大丈夫。狐火のコントロールは慣れの問題だから』とHINAの声はいつものように優しく、私を励ましてくれます。
「メインスキルになりそうなので早く慣れないとです」
『じゃあ、次は違う方法で試してみよう。スキルを使用する時に、意識的に狐火を前に放つイメージを持つと、より正確に飛ばせるかもしれないよ』
深呼吸をして、再び狐火を召喚します。今度は意識的にその火の玉をブタシシの方へと放つイメージを心に描きます。
「狐火!」と叫び、手の中に灯った狐火を放ちます。今度は確実にブタシシの方向に進行していき、目標に当たり、火の玉が炸裂します。しかし、ブタシシのHPは減ることなく、じっと私を見つめてきます。なんとも言えない表情をしています。
『今度はうまくできたね!』
『このVR世界では、意識やイメージがとても大切。スキルや能力の使い方も、実際の感覚とは少し異なるから、自分なりの感じ方を見つけることが大切だよ』
「自分なりの感じ方…」
この先、このVR世界での冒険の中で、自分だけのやり方や感じ方を見つけられるでしょうか。
『チュートリアルはここまでだよ!これからお姉ちゃんは、始まりの町アルフェンシュタットに転移するけど、準備は大丈夫?』
私は一度まわりを見渡し、深呼吸をして「準備はできています」と少し緊張気味に答えます。アルフェンシュタット…どんなところなんでしょうか。
私が深呼吸をすると、突然私の周りに青白い光が現れ始めます。その光は次第に強くなり、私を完全に包み込んでしまいます。一瞬のうちに、私の視界は完全に白く染まり、何も見えなくなります。そして、数秒後、光は徐々に退き始めました。
転移の光が退き、私の足下に広がるのは石畳の道路。レンガ製の家々が立ち並び、中世北欧の街並みを彷彿とさせる町の広場の中央には、清らかな水を注ぐ美しい噴水があり、その周りで多くの人々が会話を楽しんでいました。