第26話 最強の漢(1)
「どこかで聞いたことあるような……」
めるさんが首を傾げながらつぶやきました。
「さっきめるさんが言ってた、最初にブロック突破した人ですね、そのオーウェンさんが私の次の対戦相手なんです」
「あっ、そうだ!おーうぇんさんだった!」
彼女の表情は、まるで喉に刺さっていた小骨が取れたようにスッキリしていて、明るくなりました。その一方で、キャロルさんの表情は一転してとても真剣なものになっていました。
「……たるひちゃん、あたしが言ってたライバルのことを覚えているかしら?」
キャロルさんは私に向かって、なにか重要なことを伝えようとするような深刻なトーンで言いました。
「はい、どうしても戦いたいとキャロルさんが言ってた人でしたよね」
キャロルさんは深いため息をつきながら、重要な事実を明かしました。
「その男の名前がOwenなのよ。そしてあたしはライバルを名乗っておきながら、結局一度も勝てなかったわ」
「あのキャロルさんが一度も……?」
私は言葉を失いました。私の中で一番強いプレイヤーはキャロルさんでした。そのキャロルさんが一度も勝てなかった相手と初戦で戦うのです。
めるさんは目を大きく見開いて、驚きの声を上げました。
「えっ、キャロルさんが勝てなかった人がおーうぇんさんなの!?」
「人外の人間種か……たるひ、お前の挑戦は楽じゃないな」
「それってなに!?」
彼女の耳は興奮で立ち、尻尾は速いペースで動き続けており、その様子はまるで何か大きな発見をしたかのようでした。
「このゲームはβテストのときは4種族しかいなかったんだが、ステータス的にはヒューマンは極々平凡な……所謂器用貧乏型だったんだ」
一呼吸おいて、レオンさんは続けました。
「だが、トップにいる二人はいつも同じだった。オーウェンとここにいるキャロル。どちらもヒューマンを選んでいるプレイヤーだったんだ」
キャロルさんはその話を受けて、やや皮肉交じりに言いました。
「つまり、あたしとオーウェンちゃんとで戦ってたら勝手に人外って言われただけなのよ。失礼しちゃう」
「それだけ二人とも強かったってことなんですね……」
「少なくともオーウェンちゃんは誰にも負けたことがなかったはずよ、さすがにボスとかにはわからないけれど」
「そんな相手と私は戦うのですか……楽しみですね」
私は心の中でつぶやきました。
「どうかしたのたるひちゃん?」
私は自分の言葉に少し驚きながらも、深い思索に沈みました。
「いえ……」
私は静かに返答しましたが、心の中では混乱していました。何故私はオーウェンさんとの対戦を楽しみに思ったのでしょうか?
キャロルさんは私の混乱を感じ取ったようで、私の顔をじっと見つめながら、確信に満ちた声で言いました。
「たるひちゃん、いまのあなたなら大丈夫ね。その気持ちに従ってみなさい。あたしは決勝で待っているわ」
その言葉を聞いて、私の心の中の混乱は徐々に晴れていきました。私は決めたんです。悔いのないように全力で戦うって。
「キャロルさん、ごめんなさい!ライバルの人と戦えなくなってしまって!」
キャロルさんは優しく微笑み、手を振って去っていきました。彼女のそのジェスチャーには、「大丈夫よ」というメッセージが込められているようで、私の心は温かさで満たされました。
レオンさんは少しからかうように言いました。
「しかし、たるひも大見得を切ったな。あれじゃ最強のプレイヤーを倒すって意味だぞ?」
「たるひちゃんならきっと勝てるよ!」
「キャロルさんと戦うためにはどの道戦わないといけなかったんです。全力を出し尽くしてみせます」
私たちはしばらく話をした後、レオンさんとめるさんに別れを告げました。レオンさんは「たるひ、明日も頑張れ。俺たちも応援してるからな」と力強く言い、めるさんは「たるひちゃん、明日も頑張ってね!応援してるよ!」と明るく励ましてくれました。
「ありがとうございます。明日も頑張ります。みなさんもお疲れ様でした」
ログアウトの準備を整えると、私はゲームから離れ、現実世界へと戻りました。部屋に漂う静けさが、ゲーム内での熱気とは対照的で、一日の出来事を振り返りながら、ふと寂しさが心を覆いました。
部屋にはただ私一人、静かな闇が広がっていました。ゲームの世界ではめるさんやキャロルさん、レオンさんといった仲間たちがいつもそばにいてくれたのに、現実ではそれぞれの生活があり、こうして一人になる時間があることを思い出しました。
ゲームの中での刺激的な世界と比べると、現実の静かな部屋はどこか物足りなく、孤独感がじわじわと心を覆ってきました。私は窓の外を見つめ、夜の空に輝く星々を眺めながら、深い思索にふけりました。
心に寂しさを抱えながら、私はふと思い立ちました。
「……おじいさまたちのところへ行きましょう」
22時を過ぎた静かな家の中で、私は階段を降り、暗闇の中をおじいさまたちの部屋へと向かいました。
「おじいさま、おばあさま、まだ起きていらっしゃいますか?」
私は静かに声をかけました。部屋の中からはしばらく返事がなく、私は少し心配になりましたが、その後、おじいさまの温かい声が聞こえてきました。
「ああ、姫華か?どうした、こんな遅くに?」とおじいさまが言いました。おばあさまも、「姫華ちゃん、何かあったの?」と心配そうに声をかけてくれました。
部屋の中で、おじいさまとおばあさまの前に座った私は、心の中に秘めていた思いを静かに語り始めました。
「どこかこの世界に自分しかいないような気持ちになってしまって……なにかを手に入れたらなにかがなくなってしまいそうな気がして」
おじいさまは私の心の揺れを感じ取り、優しい声で提案しました。
「久しぶりに一緒に寝るか?」
「はい、おじいさま」
私たちは一緒に布団を敷き、子供の頃のようにおじいさまとおばあさまの間に入りました。彼らと一緒に眠ることで、私は子供の頃の安らぎと幸せを思い出し、心が温かくなりました。
おじいさまとおばあさまは、私の頭を優しく撫でながら、言葉をかけてくれます。
「新しい出会いにおびえなくてもいいんだ。それは姫華の宝物になるから」
その後、おじいさまとおばあさまの語りかける昔話に耳を傾けながら、私はゆっくりと眠りにつきました。
1月2日
ツェントラルライヒ 特設 コロッセオ
翌日、私は再びゲームにログインし、コロッセオへと向かいました。昨日の賑やかな光景とは異なり、コロッセオの中はほとんど人がおらず、静寂が広がっていました。どうやら観客席側とは別のエリアにいるようでした。
「アレ?アンタはキャロルのオマケじゃない。見学はこっちじゃないわよ」
突然の声に私は振り返り、エレストラさんが立っているのを見ました。
「たるひといいます。キャロルさんの弟子です。よろしくお願いします」
と言い、丁寧に頭を下げました。
エレストラさんは私の自己紹介を聞いて、少し驚いた様子を見せましたが、すぐに興味深そうな表情に変わりました。
「ほう、あのオカマの弟子か。それなら興味深いわね……ってたるひ? 最初からオーウェンとじゃない!ご愁傷様ね」
彼女の言葉には同情が混ざっているようでした。
「はい、最初の対戦でオーウェンさんと当たりました。でも、楽しみでもあるんです。自分が強くなるためにも全力で戦います」
「ふーん。私、あなたのこと嫌いじゃないかも。精々頑張りなさい」
エレストラさんはそう言って去っていきました。
エレストラさんと別れた後、HINAのアナウンスが響き渡りました。『本選トーナメント第1戦始まります』という声がコロッセオ内に広がり、緊張感が一層高まりました。
私の出番は5戦目でしたので、まだ少し時間がありました。私はその時間を利用して、心の準備を整えることにしました。
私は心の中で静かにつぶやきました。
「私には私の武器がある……」
これはおじいさまがいつも言っていた口癖でした。彼の言葉は、自分自身の強みを信じ、それを生かすことの重要性を教えてくれました。
続けて、私はもう一つの大切な教えを思い出しました。
「相手を理解する……」
これはキャロルさんから学んだ教えです。相手を深く理解し、その上で戦略を練ることの大切さを、キャロルさんは常に強調していました。
私にはこの二つの教えがあることを思い出しました。自分自身の強みを活かし、相手を深く理解すること。この二つが今日のオーウェンさんとの戦いで私が持ちうる最大の武器でしょう。