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第25話 その相手は


『1時間32分。予選7ブロック終了です』


 HINAのアナウンスが、静かにゲームの世界に響き渡りました。

 周りを見渡すと、広いコロッセオの中に、残っていたのは私だけでした。


 一瞬の静寂の後、HINAの声が再び響き、『予選突破者、たるひさん。おめでとうございます。本選は明日開催予定ですが、何かご質問はありますか?というアナウンスがされます。


 私はゆっくりと立ち上がり、長い戦いで握り続けた刀を静かに鞘に収めました。そして、ずっと心に秘めていた疑問を口にすることにしました。


「HINA……あなたはあの時のHINAなんですか?」


 私がこのゲームを始めた時のチュートリアルで出会ったHINAと、今のHINAの性格は、どこか明らかに異なっていました。初めて出会った時のHINAは、どこか温かみがあり、人間らしい性格で、他人とは思えないほど親しみやすかったのです。しかし、今のHINAはまるで別人のように機械的で、感情の少ない印象を受けます。


「もしかして、あなたは……」


 私は一瞬躊躇いました。この変化の背後には何か深い意味があるのか、それとも単にプログラムの更新なのか。


『まだそれは早いよ、おねえちゃん』


 その声には、初めて出会った時の温かみと人間らしさが一瞬だけ戻っていたかのようでした。しかし、それは束の間で、すぐに彼女の音声は再び機械的なトーンに戻ります。


『それでは、残り10秒で元の町へ戻ります』とHINAは告げました。その声は冷たく、感情を感じさせないものでした。


 私は少し混乱しながらも、HINAの言葉の通り、元の特設コロッセオに戻ってきていました。HINAの一瞬の変化と、彼女の言葉に隠された意味を考えながら、外へ向かって歩き出しました。


 思いにふけりながら歩いていると、突然、黒髪の長髪で髪の先がツンツンした、身長が2メートル近くある人と体がぶつかってしまいました。


「あ、ごめんなさい!」


 私は慌てて謝罪すると、大柄な男性は豪快に笑いながら、大きな手を振ってみせました。


「ははは、気にするな!それに子供は元気なほうが見ていて気持ちがいい!」


 私は子供ではないのですが……


 彼の声は大きく、その笑い声は周囲に響き渡りました。その様子からは、彼の豪快でおおらかな性格が伝わってきました。


「それでもです。大丈夫でしたか?」


「もちろん!お前さんも無事で何よりだ!」


 彼は再び豪快に笑い、その声はまるで周囲にエネルギーを振り撒くかのようでした。彼の態度に、私の緊張感はすっかり解け、心が軽くなりました。


「ありがとうございます、気をつけますね!」


 大柄な男性との別れを告げた後、レオンさんにお礼を言いたかった私は連絡をしようと思い、レオンさんへの感謝の気持ちを伝えようとフレンドリストを開いたその時、突然めるさんが私の目の前に現れました。彼女の顔にはいつもの明るい笑顔が広がっていました。


「たるひちゃん、予選突破おめでとー!!」


 めるさんの声には興奮と喜びが満ちていました。彼女は私に抱き着き、思いっきり頭を撫でまわしてきます。その愛情表現は少し痛かったですが、めるさんの嬉しそうな様子を見ると、痛みも忘れてしまいました。


「ありがとございま……、めるさん。ちょっと、痛いです!」


 私は笑いながら言いました。めるさんは「ごめんごめん!」と言いつつ、まだ笑顔を絶やしませんでした。


「たるひ、おめでとう。そしてよくやってくれた」


「レオンさん!?」


 驚きとともに私は振り返り、そこにはレオンさんが立っていました。彼の顔には、私のことを誇らしげに見つめる優しい表情がありました。


「予選を突破して、本当によかった。お前を信じた俺の目は確かだったな」と、彼はちょっと冗談っぽく言いながら笑いました。


 レオンさんの言葉を聞いた瞬間、私の心は溢れる感情でいっぱいになりました。


「ありがとうございます、レオンさん……守ってくれて、信じてくれて」


 レオンさんは勝者が1人の予選で私を守り、私の勝ちを信じてくれた存在でした。その思いが心に押し寄せ、私は涙をこらえきれずに声を震わせました。


「ぐすっ」


 私はついに涙を流し始めました。その涙は感謝と喜び、そしてこれまでの苦労の全てを表していました。

 

 レオンさんは私の涙を見て、「おいおい、泣くことないだろう」とやさしく言いました。彼の声には優しさが溢れており、それが私の涙をさらに誘いました。


 めるさんもそばで私を慰めてくれます。「大丈夫だよ、たるひちゃん。私たちはたるひちゃんのことを応援してるからね!」と彼女は言いました。


 私は「たるひ」としてこのゲームの世界で得てきたものの大切さに改めて感謝しながら、涙をぬぐいました。この世界での経験が私に与えてくれたものは、計り知れないほど豊かで貴重なものでした。


「……そういえば他のブロックはどうなったのでしょうか?」


 顔をぬぐいながら話題を変える意味でも他のブロックのことを私はレオンさんとめるさんに尋ねました。

 

「たるひちゃんのブロックが2番目に終わったみたいだよ?」


「なに?エルヴィンがいた俺たちのブロックが2番目だと?」


 レオンさんは少し驚いた様子で言いました。エルヴィンさんはたしかに広範囲で制圧するスキルが多かったのでとても早く試合が終わるのは頷けます。


「えーと、誰だったかな……おーうぇんさん?が最初に57分で予選突破したってアナウンスされてた!」


 おーうぇんさん。私はどこかでその名前を聞いたような、見たような気がしました。その時、私たちの背後からもう一つの声が聞こえました。


「あら、あなたたちもうおわっていたのね」


「キャロルさん!」「キャロル!」


 私たちは一斉に声を上げました。彼女はいつも通り、笑顔で私たちを迎えてくれました。


「素敵な戦いできたようね。特にたるひちゃん、エルヴィンに勝つなんて、まあ!私の可愛い弟子がこんなに成長するなんて、師匠冥利に尽きるわ!」


「本当にありがとうございます、キャロルさん。キャロルさんのおかげでこんなに戦えるようになったんです!」


 キャロルさんは私の頭を優しく撫でながら、目にじんわりと涙を浮かべて言いました。


「あら、歳を感じるわね。あたしの小さかった弟子が、こんなに立派になるなんて……」


 レオンさんがその光景を見て、ひとことつぶやきました。


「見た目小学生くらいの少女を撫でまわしてる2mのオカマの構図は流石にくるものがあるな……」


 キャロルさんはレオンさんのつぶやきを聞き逃さなかったようで、彼の方を向いて返事しました。


「あら、レオンちゃん。なにかいったかしら?」


 キャロルさんの目がギラリと光ったような気がしました。レオンさんはキャロルさんの視線に気付くと、少し慌てたような様子を見せました。


「やばいな、聞こえてたか」


 彼は小声でつぶやき、その場から軽く後ずさりし始めました。


「あら、逃げるつもり?」


 キャロルさんはレオンさんをからかうように言いましたが、彼女の表情はいたずらっぽく、実際にはただの冗談であることが伺えました。


 レオンさんはクスッと笑いながら、「いやいや、キャロルの怒りには勝てないからな」と冗談交じりに答え、そそくさとその場を離れます。私とめるさんは、キャロルさんとレオンさんのやり取りに笑いをこらえることができませんでした。


 キャロルさんはレオンさんの逃げる姿を見て、華麗に手を振りながら言いました。


「冗談はこれくらいにしましょうか、あたしも無事に予選を突破できたわ」


「おめでとうございます、キャロルさん!」「おめでとう、キャロルさん!」「おめでとう、キャロル!」


 私たちはキャロルさんの発表に拍手を送りました。キャロルさんの予選突破は、私たちにとっても嬉しいニュースでした。


「ありがとう、みんな。このあと全グループが終わったら組み合わせが決まると思うわ」


 キャロルさんの言葉を聞いた後、突然HINAのアナウンスが響き渡りました。


『予選トーナメント全グループ終了いたしましたので、明日以降の組み合わせを掲示板にて発表いたします。』


 HINAの声はクリアで、全ての参加者に届くように響きわたっていました。


「じゃあ、みんなで掲示板を確認しましょうか」

 

 私たちは、ゲーム内に設置されている掲示板へと向かいました。掲示板の前にはすでに多くのプレイヤーたちが集まっており、明日以降の組み合わせを確認している様子でした。私たちもその群れに加わり、熱心に掲示板を見つめました。


 レオンさんが掲示板の情報を一つ一つ確認しながら、「たるひとキャロルは反対側か……」と呟きました。めるさんも興味津々でスクリーンを見て、「わあ、いろんな人がいるね!」と感嘆しました。


「あら、見てたるひちゃん。ここよ、あなたの次の対戦相手は……」


 掲示板を見つめるキャロルさんは突然、指を差したまま動かなくなりました。彼女の表情は驚きに満ちていました。


「おーうぇんさん」


 小さくつぶやきました。その瞬間、私の頭の中でピースがはまるような感覚がありました。あの人の名前がOwenだったのです。



 Owen ーーーー|

        |ーーー

 たるひーーーー|



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