第23話 予選トーナメント(3)
変わりたての荒野では、先ほどの戦闘の余波で舞い上がった砂煙が空気を濁らせていました。フィールドが荒野に変わったということは残り2500人以内ということです。
「狐火が当たったところまでは見ていたんですが……」
私は周囲に注意を払いながら、言葉を続けます。
「いや、どうやら心配は杞憂だったみたいだ」
レオンさんは遠くを見つめながら、落ち着いた声で答えました。
砂煙が晴れていくと、先ほどの敵プレイヤーの姿はどこにもありませんでした。彼は私の狐火による攻撃を受け、トーナメントから脱落したようです。
「なんとかなったんですね、レオンさん、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。良い経験だった。だが、もう荒野になっているのは気になるな」
レオンさんは周囲を警戒しながら言います。
時間を確認してみるとまだ57分しか経っていません。
荒野フェーズは中盤も終わりに差し掛かっているあたりだと思う人数のはずなのですが……
「……!」
突然、近くで起きている大規模な戦闘の音が聞こえてきました。
「レオンさん、多分何グループかが争っていると思うんですが、どうしましょう?」
「うーん、無理に介入する必要はないかもしれないな。様子を見る程度にしよう。情報は大切だからね」
私たちは戦闘が起こっている方向に慎重に近づき、隠れながらその状況を観察することにしました。
この異常な速度で減っている人数が何故なのかがわかるかもしれません。
私たちが静かに近づいてきた場所では、緊迫した戦いが繰り広げられていました。10人のプレイヤーが、3つのグループに分かれて激しく戦っているのが見えました。二つのグループはそれぞれ3人ずつで、残りの一つは4人のグループのようです。
各グループは様々な戦略を取りながら戦っている様子です。3人グループの一つは連携プレイを駆使し、一つの目標に集中攻撃を仕掛けていました。もう一つの3人グループは、その攻撃を機敏にかわしながら反撃を試みているように見えます。
一方、4人グループは数の利を生かして、戦場を支配しようとしている様子です。彼らは広範囲スキルを使用し、他のグループにプレッシャーをかけていました。
「レオンさん、この戦い、どう思いますか?」
「うーん、数字の利がある4人グループが優位に立っているが、3人グループの連携も見逃せない。3人のほうは2つとも4人グループを狙っているみたいだしね」
その時、私の頭にある計画が浮かびました。もし、どこかのグループがバランスを崩したら、私たちはその隙をついて「炎狐の舞」を使って全員を一気に倒せるかもしれないです。
「レオンさん、ちょっと考えがあるんです。今、あのグループの戦いを見ていてひらめいたんですが、もしどこかのグループがバランスを崩したり、戦いが一方的になったりしたら、その隙をついて私の「炎狐の舞」を使ってみてはどうでしょうか?」
「それはどんなスキルなんだい?」
「私のとっておきの広範囲スキルです!今のように敵が複数いる場面で使うと効果的だと思うんです。ただ、目立つスキルなので、使うタイミングは慎重に選ばないといけません。でも、今の状況なら、決定的な一撃となるかもしれません」
「なるほど、広範囲で攻撃できるのか。いいね、計画は理解した。だが、それを使う前に相手の動向をしっかりと確認しよう。万が一、こちらが不利な状況になったときのために、スキルを温存しておくのも重要だ」
レオンさんは、私の提案を真剣に聞いてくれました。その表情はいつも通り冷静で、どんな状況にも対応できる余裕を感じさせます。
戦闘の様子は次第に激しさを増し、ついに3グループのうちの一組が全滅しました。砂埃が舞う荒野には、残る2グループのプレイヤーが息を切らして立ち尽くしています。その瞬間、私は決断を下しました。
「今です、レオンさん!」
私は「刹那」を発動させ、一瞬の時を拡大します。周りの動きが遅く見える中、私は敵グループへと飛び込みました。その動きは周囲に比べて圧倒的な速さで、敵には私の動きが捉えられていないようでした。
「炎狐の舞!」
私は周囲に幻想的な狐の幻影を作り出し、狐が放つ炎で敵を攻撃します。狐の幻影は優雅に舞いながら、炎で周囲の敵に連続的なダメージを与えます。荒野に舞う炎の光は、まるで灼熱の輪舞曲を演じているようでした。
「これはまた派手だな……」
レオンさんはその隙を逃さず、私の炎狐の舞によって混乱する敵を、レオンさんが一つ一つ的確に仕留めていきます。
「全員倒せましたね、レオンさん。おかげさまで勝てました」
私は安堵の声を上げます。炎狐の舞の派手さとその破壊力に、私自身も少し驚いていました。
「たるひ、意外と恐ろしい技を持っているじゃないか。さっきのは確かに目立つ。ここからは早めに移動しよう。あまり長くいると他のプレイヤーに目をつけられる可能性があるからな」
レオンさんは苦笑いを浮かべつつ言います。
『各参加者の皆様、フィールド移行の30秒前です。ご準備を』
HINAの声が再び響き渡ります。もう、街中での戦いになるのですね。参加者はもう1000人くらいしか残っていないのかと思うと、緊張が高まります。
『3、2、1……』
「ここは……」
「アルフェンシュタットか?」
目の前に広がるのはレンガで造られた家々が並ぶ、中世の北欧を思わせる街並み。このゲーム、Ethereal Chronicleのスタート地点でもあるこの町に、私たちは立っていました。この場所が次の戦いの舞台になるようです。
広場に足を踏み入れると、信じられない光景が目の前に広がっていました。そこには、大勢のプレイヤーが集結していたのです。まるで大集合のような状態で、皆が次の動きを探るかのように周囲を警戒しています。
「そんなに離れていたわけじゃないのになんだか懐かしいです」
数日間しか離れていなかったのに、この街の景色がなぜか心に深く響いていました。このゲームを始めた頃の記憶が、ふと心を過るのを感じました。
しかし、レオンさんの声が私の思い出に割って入ります。「どうやらそんなことを言っている場合じゃないみたいだ……」と彼が言います。
私たちは周囲を見渡し、他のプレイヤーたちの動きを確認し始めました。この広場で、大規模な戦闘が起こりそうな予感がする中、突然、広場の空気が震え始めました。
「レオンさん!!」
危険を察知した私は、レオンさんを引っ張りながら竹筒を開き、ヨミを呼び出します。
「ヨミ、魔封壁です!」
ヨミの魔封壁が迅速に私たちの周囲に展開され、一時的に周囲の攻撃から守られます。その瞬間、屋根の上に立つエルヴィンさんの姿が見えました。彼は広場の中心から強力な範囲魔法を放ち、周囲に広がる光の波が広場中のプレイヤーを襲います。
「これは……きっと、一気に人数が減っていってたのはこのせいだったんです」
魔封壁はエルヴィンさんの強力な魔法に耐えきれず、ヒビが入り始めます。ヨミ自身もダメージを受けている様子が見て取れます。そして、周囲のプレイヤーたちは、エルヴィンさんの攻撃により次々と倒れ、広場は一瞬で静まり返ります。
「やぁ、もうあと少しで終わりみたいだね?」
この声に振り返ると、そこにはエルヴィンさんの姿がありました。彼は軽やかな態度で私たちの方へ歩いてきます。
突如、HINAの声がコロッセオ中に響き渡ります。
『各参加者の皆様、フィールド移行の30秒前です。ご準備を』
「滅茶苦茶なスキルを持っているじゃないか」と、レオンさんが彼に言います。
エルヴィンは軽く微笑み、「エレメントマスターなんだから当然だろう」と答えます。
「一つ予言をしようか」
エルヴィンさんが不敵な微笑を浮かべながら言いました。
私たちは彼の言葉に緊張を感じつつも、興味を持って彼の話に耳を傾けます。
「僕には奥の手があってね。コロッセオに移行したら使おうと思っているんだ」
彼は謎めいた口調で続けます。
「さっきの以上の攻撃力に範囲があるスキル。残った人数は狭いコロッセオで受けきれるかな?」
『3、2、1……』
その後、フィールドは再び変わります。周囲の景色が懐かしい街並みから、明るく照らされたコロッセオへと移行しました。私たちは、残り少なくなったプレイヤーとともに、この壮大なコロッセオでの最終戦に立たされていました。
「エルヴィンさんを倒さないと……!」
私は焦りを感じながらレオンさんに向かって言いました。
「待つんだ、ヨミをしまえたるひ」
私はレオンさんの言葉に従い、ヨミを竹筒に戻します。その間にもエルヴィンさんはコロッセオの中心に立ち、手にした杖を高く掲げていました。
「でもレオンさん、そんなことを言ってる場合じゃありません!」
エルヴィンさんの準備が完了する前になにか行動を起こさなければ、と思っていました。
「俺に考えがある」
「レオンさん……」
エルヴィンさんは杖を掲げたまま、何かを唱え始めていました。
「ちっ、やはりそうか」
彼の表情は、予想された何かに対する苛立ちを示していました。
その瞬間、エルヴィンさんに向かって突進していた残りの数人のプレイヤーが、まるで地面から現れた木の根によって突如拘束されてしまいました。それはエルヴィンさんの周囲に形成された罠のようなもので、近づく者を容赦なく捕らえていました。
「……罠」
私は小さく呟きました。エルヴィンさんの周囲には見えない罠が張り巡らされており、近づくことがいかに危険かが明らかになっていました。
「決まりだな」
レオンさんが小さく呟きました。彼の声は決意に満ちていて、同時にある種の覚悟も感じられました。しかし、その後の言葉は私の耳には届きませんでした。
その時、エルヴィンさんの声がコロッセオに響き渡ります。
「エレメントデストラクション!」
彼の言葉の瞬間、コロッセオ全体が激しい爆発に包まれました。