第20話 予選トーナメント前
31日の朝、目覚めると窓から差し込む柔らかな朝日が部屋を照らしていました。布団をそっと押しのけながら、私は深いため息をつきました。おじいさまが出かけられてから、もう3日が経っているんですね。
ベッドからゆっくりと起き上がり、身体を伸ばします。鏡を見ると、まだ眠そうな私の顔が映っていました。
窓の外を見ると、冬の朝の冷たい空気が部屋に流れ込んできます。おじいさまの留守中、私は毎日のようにEthereal Chronicleでの冒険に夢中になっていました。おじいさまがいつ戻られるのか、それが今日の一番の関心事です。
朝の支度を済ませ、キッチンへ向かうと、おばあさまが朝食の準備に忙しそうです。
「おはようございます、おばあさま」
そんな彼女を手伝おうと近づいたその時、玄関のドアが開き、おじいさまの慣れ親しんだ姿が現れました。
「おじいさま、お帰りなさい!」
おじいさまが出かけられてから3日が経つので、その無事に帰られて安心します。
「ただいま。おはよう、姫華」
おじいさまは優しい笑顔で答えますが、その表情の奥には疲れのようなものも見え隠れしていました。
「おじいさま、どこに行っていたんですか?」私は彼の不在が気になり、思わず尋ねてしまいます。
おじいさまはしばらく黙っていた後、少し言葉を濁しながら「ああ、ちょっと遠くの古い知り合いに……」と言葉を途切れさせます。彼の言葉の端々からは、何か語りたくない事情があるような気がしてなりません。
「そうなのですか……」
私は返事をしましたが、心の中では多くの疑問が渦巻いていました。
彼がどこに行っていたのか、何をしていたのか、それがなぜ秘密なのか……。
ですが、私は話を聞きだすことはしませんでした。
おじいさまなら本当に必要なことならきっと教えてくださると思うからです。
「おじいさま、あとで少し剣道のことで相談したいことがあるのですが、大丈夫でしょうか?」
おじいさまは私の質問に少し驚いたような表情を見せた後、優しく微笑みました。「もちろんだ、何でも聞いてくれ。あとでゆっくり話そう」
朝食が終わり、居間で新聞を読んでいるおじいさまに、私は声をかけました。
「おじいさま、剣道とは言いましたが、またゲームの話になってしまうのですが……」
「どうしたんだ?」
「実は刀というものを使う機会がありそうなのですが、竹刀の長さと違って長いタイプのようなのです。私ではどのような使い方をするのが良いでしょうか?」
「太刀か……長いというとどのくらいなのだ?」
「私の身長ほどはないとは思いますが、120くらいだと思います」
私が答えると、おじいさまはしばらく考えた後、「脇構えだな。剣道のようなルールの決まっているものならともかく、真剣勝負という土俵では、長い刀を使うのに適している。それに、脇構えは相手に与える威圧感も大きいし、攻撃の幅も広がる。その構えで練習してみるといい」と教えてくれました。
「良ければ、明日から少し教えてもらえないでしょうか?」
「それは構わないが……姫華から剣道の技術を教えてほしいと言われるのは初めてだな。それだけゲームを楽しめているのか?」
おじいさまは少し感慨深そうに付け加えます。
私は頬を少し赤らめながら、「はい、すごく楽しくなってきました。そして、現実での稽古もVRでの戦いに役立つと思うんです」と答えます。
「それはいいことだ。じゃあ、明日から太刀の使い方を教えることにしよう。しかし、無理はするな。一歩ずつ進んでいこう」
そういえば、これまで剣道をしてきた中で、ずっとおじいさまから教わるばかりで、自分から「教えてほしい」と言ったのは、今回が初めてかもしれません。このゲームが私に与えてくれたものは、ただ楽しい時間だけではなく、自分自身を成長させるきっかけにもなっているようでした。
―――――Carols' Sanctuary
大みそかの夜、私たちはキャロルさんの工房に集まっていました。
「この後の時間はあなたたちも家族と過ごすといいわぁ。ギリギリだったけど、なんとか仕上がったわね」
私は25レベルに、めるさんは24レベルになっていました。2次職には至りませんでしたが、レベル上げを始めた頃に比べれば、私たちは大きく成長していたのです。その成長は、戦闘の仕方だけでなく、考え方やチームワークにも表れていました。
「明日からトーナメントが始まるんですね。めるさんは出るんですか?」
「あはは……私は応援に回ろうかなって!」
「それがいいわ。めるちゃんが輝くのはチーム戦だもの。たるひちゃん、最後に2次職ってやつをおしえてあげる。二人まとめてかかってきなさい!」
キャロルさんが突然そう言い放ちます。
彼女はレベルが30に達していたのですでに2次職の「狂戦士」になっていました。
「えっ、まとめて!?」めるさんは驚いたような表情で言いましたが、彼女の目には好奇心が宿っていました。
「そうよ。実戦は最高の学びの場。あなたたち二人がどの程度まで成長したのか、私の目で確かめたいの」
私は深呼吸をして、集中を高めます。
「わかりました、私たち、頑張ります!」
キャロルさんの狂戦士としての戦いは圧倒的で、彼女の動きは速く、力強かったです。彼女の攻撃に対し、私はめるさんからの「シャイニーライブ」の強化を受けていましたが、それでも彼女の攻撃をかわすのに精一杯でした。
「たるひちゃん、今だよ!」めるさんが叫びます。
その瞬間、めるさんが前に飛び出し、キャロルさんの猛攻をバックラーで一度だけ弾きます。その一瞬の隙を見逃さず、私は「刹那」を発動させ、キャロルさんに向かって猛然と攻撃を仕掛けました。
しかし、キャロルさんは驚くほどの反射速度で私の攻撃を防ぎました。「もっと速く!」と彼女は言いながら、彼女の反撃が私たちに襲いかかります。
私たちは必死に防ぎながらも、キャロルさんの強さには及ばないことを痛感しました。彼女の戦闘能力は、私たちのそれをはるかに超えていました。
「素晴らしい試みだったわ。でも、まだまだ経験が必要ね」
私は息を整えながら、「この前戦ったキャロルさんよりもっと強かったです……」と呟きます。
「そうよ。これが2次職なの。それでも弱点はあるのよ。しっかり観察しなさい」
キャロルさんは私たちにアドバイスをくれます。彼女の声には、経験に裏打ちされた自信が感じられました。
「トーナメントにはキャロルさんより強い人はいるのー?」
キャロルさんは少し目を細めながら「そうね……一人は確実にいるわ。その相手と戦うためにあたしは出ることにしたのよ」と答えます。
「もしかしてライバルって言ってた人ですか?」
「まあ!ちゃんと覚えててくれたのね、たるひちゃん。うふふ、その通りよ。あの人とは、絶対に素敵な決着をつけないといけないの!」
キャロルさんのライバルというくらいの人なのですからきっとすごい戦いになるでしょう。
「じゃあ、きっとすごい戦いになるんだ!」
「ええ、きっとあの人との戦いは、見る者全てを魅了するわ。私、全力を出してみせるから、応援してちょうだいね!」
「もちろんです!キャロルさんの勇姿、楽しみにしています」
「私も全力で応援するよ!」
そんな会話を交わした後、私たちは時間を確認します。もう日が暮れて、大晦日の夜が訪れようとしています。
「じゃあ、そろそろログアウトしましょうか。明日のトーナメント、体力も大事だもの」
「そうだね!それに、家族との大晦日も大切にしなきゃ!」
「ええ、家族との時間を大切にします。では、めるさん、キャロルさん、今年はたくさんの楽しい思い出をありがとうございました。いいお年をです!」
「こちらこそよ、たるひちゃん。来年もよろしくね。素敵なお年をを!」
「たるひちゃん、いいお年を!来年も一緒に楽しもうね!」
「はい、来年もよろしくお願いします」
私たちはそれぞれログアウトのボタンを押し、Ethereal Chronicleの世界から一時的に別れを告げます。
1月1日
ツェントラルライヒ 特設 コロッセオ
コロッセオに足を踏み入れると、私たちはその壮大な景色に息をのみました。天を突くような高さの壁に囲まれ、広大なアリーナが広がっています。観客席にはすでに人影がちらほらと見え、トーナメントの開始を待ちわびる雰囲気が漂っています。
「こんなところでやるんですか……?」
私は圧倒されながらつぶやきました。私の目の前に広がるのは、想像以上に迫力のある闘技場でした。
キャロルさんは、その優雅な仕草で髪をかき上げながら、「随分と立派じゃないの。美的だわ」と感嘆の声を上げます。彼女の目には、戦いへの熱い期待が輝いています。
一方、めるさんは大きな目をさらに見開いて、「ほえー……おっきい」と驚きを隠せない様子でした。彼女の純粋な反応に、私は思わず心が和みました。
「はい、がんばります!」
「ちょっと!そこのデカオカマ!!」という声が私たちの耳に届きます。その声の主は、銀髪のボブヘアに蝙蝠の羽が背中から生えた女性で、彼女は堂々とこちらに歩いてきています。
銀髪の髪の毛のボブヘアーの背中に蝙蝠の羽の生えた女性がこちらへ向かって話しかけてきます。
キャロルさんは、僅かに眉を寄せながらも、彼女の方を向いて、あくまでも冷静に返答します。「あらやだ、そんな風に言われちゃうなんて、あたし、どんな風に見えるかしら?」
「あんたのことよ、この剛力魔人!」
キャロルさんは、クスッと笑いながら言い返します。「まぁ!万年3位のヒステレスちゃんが、今日は強気なのね。でも、可愛いわ、その情熱。まるで新年の花火みたい」
「うるさいわ!今年はあんたに勝ってみせるから覚悟しなさい!あとエレストラよ!」
「うふふ、期待してるわ」
その場に黒髪の長髪を持つ男性エルフが現れました。彼は落ち着いた態度で、キャロルさんと銀髪の女性……エレストラさんに近づき、「久しぶりだな、二人とも」と声をかけます。
このエルフの男性は、私は知らない人物です。しかし、彼の穏やかな態度と存在感が周囲の人々を引きつけているのは明らかでした。
キャロルさんは、彼に向かってにこやかに返答します。「あら、久しぶりね。相変わらずのイケメンぶりには目を見張るわ」
銀髪の女性も彼の登場には少し態度を和らげ、「ふん、エルヴィンか。いつも通り冴えないわね」と言いながら、彼をちらりと一瞥します。
彼、エルフの男性は、両者のやり取りを穏やかな笑みで見守っていました。彼の名前はエルヴィンさんというらしいです。キャロルさんやエレストラさんとはどうやら旧知の間柄のようです。
「まあ、ここでもいつも通り盛り上がってるようだね。トーナメント、面白くなりそうだ」と、エルヴィンは言いながら、両者に向けて穏やかな微笑を浮かべます。
一瞬視線がこちらへ向いたような気がしますが気のせいでしょうか?
エルヴィンさんが「そろそろ」と会場を後にし始めると、エレストラさんも去っていきました。キャロルさんは彼らの背中を見送りながら、ほのかにため息をついて言います。「まあ、トーナメントは曲者が多いわね。色々と面白くなりそうだわ」
私たちは予選の自分のブロックを確認するために一緒に掲示板に向かいました。
「さあ、たるひちゃんのブロックを確認しましょうね。いい結果を期待しているわ」
掲示板の前に着くと、私はドキドキしながら自分の名前を探し始めます。周囲には他の参加者たちも同じように自分のブロックを確認していて、会場は緊張感に包まれていました。
やっとのことで自分のブロックを見つけた時、そこには意外な名前が……。
「えっ、エルヴィンさんが私のブロックに……!」
「これは、予想外の展開ね……」
キャロルさんは私の肩を押しながら、エルヴィンの名前に驚きを隠せない様子ですが、すぐに笑顔を取り戻し、私にエールを送ります。
「たるひちゃん、ここでの経験があなたをより強くするわ。エルヴィンは間違いなく2次職よ。全力で挑んでみなさい」
私はキャロルさんの励ましに力をもらい、トーナメントでの戦いに向けて心を整えます。これから始まる予選、そしてエルヴィンさんとの対戦が、私にとって新たな挑戦となることは間違いありません。