第9話 イベント宣言!
11/20 改稿済
ぼんやりとした暗がりの中、私はかすかな夢を追いかけていました。その内容は掴みどころがなく、手を伸ばせば消えそうな、ほんのりとした暖かさだけが残っているようでした。
どこかのキッチンにいる二人の人影がありました。一人は台に向かって何かをしている女性で、もう一人は小さな子どもです。あの二人がどんな関係で、何をしていたのかは覚えていません。しかし、子どもが一生懸命に何かを混ぜている姿、そして女性がそれを優しく見守っている様子は、どこか心地よいものでした。
夢の中でその静かなキッチンの光景を眺めていると、何となく安心感を覚えます。その場の空気が温もりに満ちており、二人は言葉がなくとも心が通じ合っているような感じがしました。でも、それが何を意味しているのかはわからないままです。
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12月27日
目覚めて、布団を押しのけると、窓から差し込む朝日が部屋をほんのりと照らしていました。
「夢…ですか」とぽつりと呟きながら、夢のことを思い出そうと頭をらせます。
私はベッドの上に座ったまま、夢の中のキッチンを思い描いていました。あの人影たちは一体誰だったのでしょう。見覚えのあるはずの動き、そしてどこかで感じたことのある優しい眼差し。そんな断片的な記憶が、心の奥に甘い余韻を残しています。
「昨日ちょっとはしゃぎすぎたかもしれませんね…」
自分に問いかけつつ、ふと笑みがこぼれていました。
昨日のめるさんとの出会いを思い返してみると、家族以外の人とは相当話したんじゃないでしょうか?着替えた私は、おじいさまとの朝稽古へと足を進めていました。精神を集中させ、身体を動かすことで、昨夜の夢の断片はすっかり霧散していきました。
稽古を終えて、家族と共に食卓を囲む時が私にとっての平穏です。
「姫華、今日は形がちょっと乱れていたぞ、動きは良かったから何も言わなかったが」
とおじいさまからの言葉に、私は心当たりがありました。
昨日の夜、ゲームの中で剣道とは異なる動きをしていたことが頭をよぎります。ゲームの中で空から襲ってくるフライドチキンを切り払う、あの動作が、きっと朝の稽古に影響を与えたのでしょう。しかし、それをおじいさまに説明することはできず、ただほんの少し苦笑いを浮かべるのが精一杯でした。
そっと会話の合間を縫うように、私は新たな出会いの話を切り出しました。
「そういえば、おじいさま、おばあさま。どこか放ってはおけなくて、一緒にいたいと思えるお友達に会えたんですよ」
おじいさまは、柔和な眼差しで私の言葉を受け止め、深いしわが刻まれたその顔に優しい笑みが浮かびました。
「ほう、それは素晴らしいことじゃないか。人との縁というものは、思いがけない宝物をもたらすからな。その友人を、いつか我が家にも招くといい」
「いえ… ゲームの中のお話なのでそれは難しいかもしれません」
おばあさまは小さな笑い声を上げながら、目を細めて私を見つめました。
「ゲームの中のお友達かい? それもまた新しい時代の縁だねぇ。昔とは違って、世界中の人と繋がれるのが今の時代なんだから。ふふ、でもそのお友達が、あなたのことを大切に想ってくれるなら、私たちもいつかその子に感謝を伝えたいわね」
「おばあさま、ありがとうございます!」
アルフェンシュタット
「とおばあさまが言っておられたのでめるさん、ありがとうございます」
と私は、ログインするなり感謝の気持ちを込めて頭を下げました。
めるさんは、私の突然の言葉に一瞬驚きを隠せずにいましたが、次の瞬間
「ログインした瞬間にいきなりそんなこと言われたら私びっくりしちゃうよ!?」
とめるさんは言い、その声はアルフェンシュタットの賑やかな広場に心地よく響き渡りました。
「たるひちゃんってさ、結構ストレートに言うんだね…」
めるさんは苦笑いしながら言いました。彼女の少し大きな反応に周りの人々の視線が集まると、私たちは少し慌てて町外れにある静かな場所へと足を早めました。
町の喧騒から離れた静かな場所に着くと、私は深く息を吐き出し、思い切り青空を見上げました。
「こういうのは本当に思ったときに言わないといけないとおばあさまに言われましたので……」
めるさんは、まぶしいほどの笑顔で私の言葉に反応しました。
「いいお祖母ちゃんなんだね!」
彼女の声には温かさが溢れており、その言葉は私の心に深く響いていました。
私は嬉しそうに頷きながら答えました。
「はい、おじいさまとおばあさまがいるから私がいるんです。二人がいなければ、今の私はいないですから」
そう感謝の気持ちを込めて、大切な存在の価値を改めて認識していました。
すると、いきなり静寂を破るようなアナウンスがアルフェンシュタットの空間いっぱいに響き渡りました。
空気を震わせるようなアナウンスが突如、アルフェンシュタットの広場を包み込みました。
『皆様、ご静聴ください。はじめまして、私は、このEthereal Chronicleの管理人、HINAと申します』
この声は……HINA?
でも口調が全然違うような気がしました。
『今回、皆様にお知らせしたいのは、Ethereal Chronicleで開催される初めてのイベントに関する情報です。』
『イベント期間は明日12月28日から1月3日までの一週間です。内容は、年末年始にちなんだ特別ダンジョンの開放、さらに三が日には、レベルや装備の数値を固定化した公平な条件で競うPVPトーナメントを特設コロッセオで開催します。そして、中央都市ツェントラルライヒではお祭りが催される予定です』
『イベントに関する詳細は、ゲーム内トピックスにて更新されますので、そちらをご確認ください。皆様のご参加を心よりお待ちしております』
アナウンスが終わると、一瞬の静けさがアルフェンシュタットに戻り、その後は冒険者たちの歓声や期待に満ちたざわめきが空間を満たしていきました。
その歓声の中で、私はひときわ違和感を覚えていました。チュートリアルで優しく導いてくれた「人間らしさの」あるHINAとは異なり、今のその声は何か公式的で、無邪気さが消えていたように感じられました。彼女の通常の話し方とは明らかに違っており、それがなぜか私の心に引っかかっていました。
「……るひちゃん、たるひちゃん!どうかしたの?」
そこには心配そうな顔をしためるさんがいました。
「……何か変じゃありませんでしたか?」
私は、先ほどのアナウンスを違和感に感じながら、めるさんに尋ねました。
「HINAの話し方、前と違うような気がしたんです」
キャロルさんはHINAに会ったことがないと言っていました。
めるさんならもしかしたら……
「HINAっていまアナウンスしてた?」
めるさんもやっぱり知らないみたいでした。
「HINAには、最初にアバターを作成したときに会いました」
私はめるさんに説明しました。彼女の表情には依然として疑問が浮かんでいました。
「へぇ、それで今のアナウンスとは違って聞こえたの?」
めるさんは首を傾げながら聞いてきました。
「はい。あの時のHINAはもっと……優しくて無邪気な感じがしたんです。でも今の声は……堅すぎるというか、そんな感じがして」
「じゃあさ、会ってみましょうよ!」
めるさんは簡単にそう言いました。
「私ももう一度会ってはみたいんですが、どこにいるのかわからないんですよ?」
「今度のイベントだよ!きっと管理人ってくらいだからどこかで出てくるはずだよ!」
「そうかもしれないですね。イベント中なら、何かしらの形で現れる可能性がありますよね」
私は少し期待を込めてそう返しました。
「でしょう?管理AIのHINA、しかもこんなに大々的なイベントを絶対一人で見守ってると思うんだ!」
チュートリアルで会ったときの性格で考えるとむしろお祭りには混ざっていそうだと思います。
「それなら、イベント会場をくまなく調べてみましょう。HINAがプレイヤーと直接交流できるような場所があるかもしれませんからね」
でも私たちはツェントラルライヒにはまだ行ったことがないんです……
明日からイベントなので今日、明日くらいで向かいたいところなんですが方向もわかりません。
突如、私の耳にフレンドコールの通知音が届きました。
その直後、画面にキャロルさんからの着信表示が現れました。
「ほら、たるひちゃん!フレンドコールだよ!」
私は画面を見て少し戸惑いました。キャロルさんからの着信表示があったのは、これが初めてだったからです。
「これがフレンドコール……?」
私はどう操作していいのか少し考え込んでしまいました。
めるさんが優しく教えてくれました。「ここをタップするんだよ」と彼女は言って、私の手を取り、正しいボタンを押すよう導いてくれました。
画面をタッチすると、キャロルさんの独特な声が耳に飛び込んできました。「たるひちゃん、聞こえるかしらん?」2日ぶりだけどずいぶんと懐かしく感じます。
「もしもし、キャロルさん!たるひです。ちゃんと聞こえていますよ!」
と、私はフレンドコールに答えました。声を張り上げると、電話にいるような錯覚に陥りますね。めるさんはその様子を見て、優しく微笑んでいました。
「あらあら、久しぶりねぇ、さっきのアナウンス聞いてたかしら?」
私は頷きながら言いました。
「はい、聞きました。イベントが始まるみたいですね」
キャロルさんの声は興味深げに続けました。
「そうね、それにたるひちゃんの言ってたHINAのことを思い出したのよ」
「はい、HINAのことは気になっています。アナウンスの時の話し方が以前とは違ってました…」
「聞いていた限りはほんとにそうね。ただの広告用BOTって言われても信じれるくらいよ」とキャロルさんは軽く笑いながら言いました。
「ねーねーたるひちゃん!私のことも紹介してよ!」
めるさんが私の隣で、耳をピンと立て、尾をぴょこんと上げて、わくわくした様子で跳ねるように言いました。
「あっ、もちろんです!」フレンドコールの画面に向かって紹介を始めました。
「キャロルさん、こちらがめるさんです。一緒にPTを組んでるお友達なんです」
「はじめまして、キャロルさん!」めるさんは明るく挨拶をしました。
「あら、はじめましてあたしはキャロルよ。たるひちゃんと一緒で耳と尾がとてもチャーミングね」とキャロルさんの声がフレンドコールを通じて届きました。
「さぁて、本題に入るわよ。今この私はツェントラルライヒにいるの」
「別れ際に、そう言ってましたもんね」と私は答えました。
キャロルさんは楽しげに続けました。
「イベントのこの時期は、この街がいちばん華やかでしょ?だからこそ、合流してゴージャスに過ごさない?」キャロルさんが提案しました。