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第8話 料理

11/20 改稿済

 アルフェンシュタット トランク・パーティー


 私たちは無事に町へ戻り、依頼の報告のために酒場を訪れていましたが…


「はははっ!空を飛ぶフライドチキンだってか!それは厄介な話だな!」

 なぜか、酒場にいた酔っぱらいのおじさんが絡んできました。


「全然信じてないじゃないですか!たるひちゃんのスキルが当たったら、きちんと揚がったんですから!」

 めるさんが特有の言い方で話していると、まるで私が直接鶏を揚げたみたいに聞こえます。


「鶏と遭遇したのか?あれらは火属性の攻撃を受けると、威力に応じてさまざまな料理に変わるんだよ」

 そう言いながら、マスターが私とめるさんにコーヒーを出してくれました。

 あ、私は砂糖二つとミルクもお願いします。


「でも、フライドチキンを倒したらどうして肉が手に入るんでしょうね…」

 体積を超える量の鶏肉がドロップされるので、疑問が深まります。


「フライドチキンが空を飛んでる時点でそんなことどうでもいいと思う!」

 めるさんの発言はもっともですが、納得するわけにはいきません。


「あとこれが報酬だな。全部で1100CCある」

 私たちはカードのようなものを受け取り、触れた瞬間に消えました。

 ステータス画面を見ると、所持CCが1500CCになっているのがわかります。


「こんな感じで通貨のやり取りをするんですね。1500CCあれば料理の道具くらいは買えるますかね?」

 最初に1000CC持っていたことを思い出すと、1500CCはそう多くない気がしますが…


「なんだ?料理がしたいのか、うちでも200CC使えば1回キッチンを貸し出しているぞ。あとは初級の料理セットは確か800CCで買えたはずだ」


 料理を自分で作って食べることや、プレイヤーやNPCに売ることでスキルレベルが上がり、高いレベルになると特別な効果を料理に加えられるそうです。


「ありがとうございます。後で借りてもいいですか?」


 ゲーム内で実際に料理が作れるか試してみたくなったので、後で作ってみることにしました。


「たるひちゃん、何の話してるのー?」

 めるさんが興味を引かれたのか、私たちの会話に加わってきました。


「生産スキルの話をしているんです。私は料理スキルを選んだんですが、めるさんは何のスキルを取ってるのですか?」


「え、私? 私は裁縫スキルだよ。文化祭でコスプレの衣装を作るのが好きだったから…」めるさんは少し照れながら答えました。


「服を作れるんですか!?」

 私は興味津々で尋ねました。


「そんなに凝ったものは作れないけど、自分用にはね…あはは」


「それでも、私は服を作るところなんて見たことがないんです。おばあさまが編み物をしているのはよく見ていましたけど…」


「わかった!ゲームで裁縫スキルを使えるようになったら、その過程を見せてあげるね。こっちでは時間もそんなにかからないし。あはは!」


「それで、たるひちゃん、今から料理するんだよね?見ててもいい?」


「大丈夫ですよ。とりあえず鶏肉を使いましょうか」


「あー、それいいね!たくさんあるし!」


「じゃあマスターキッチンをお借りしますね」

 私はそう一言言ってキッチンに入りました。


「あるものは使っていいからなー!」


 キッチンは中世の鍛冶屋のような雰囲気で、木製の棚が温もりを感じさせています。魔法の炎で熱されるオーブンや古めかしいフライパンが並び、不思議な魅力がありました。


「こっちのほうが集中してできるのでいいですね。」

 私はキッチンの食材をチェックします。


 特に目立つのはジャガイモで、その茶色い皮が温かい灯りに照らされて輝いていました。何か良い料理ができそうです。


「めるさん、一つはグラタンとかどうでしょう? ジャガイモがたくさんあるし、美味しいと思いますが」


「グラタン!それいいね、私も大好き!」

 めるさんは尻尾を振りながら応じました。


 鶏肉とジャガイモの前で、私は調理を始めていました。まず鶏肉に塩コショウを振り、ハーブを皮の下に忍ばせていました。ローズマリー、タイム、セージの香りが指先に纏わりつき、鼻腔を刺激します。


「思っていたより、触り心地や匂いがリアルで驚きです…」とつぶやきながら、ジャガイモを薄切りにしていました。スライスしたそれぞれにクリームを軽くかけ、脇に置いていました。一方、オーブンは「ピッ」という電子音を立てて予熱が始まっていました。ゲームの世界では予熱時間が短縮されていて便利です。その隙に鶏肉をオーブンへ滑り込ませます。


やがて、鶏肉の皮がパリッという音を立て始めたのを合図に、ジャガイモのスライスを重ねた深皿にさらにクリームを加え、塩コショウとナツメグを振り分け、仕上げにチーズをふんだんに散らしていきます。これをオーブンの中に加え、もう一度ノブを回すだけです。


ゲームの中では、料理の焼き上がりのタイミングをシステムが便利に教えてくれるので、実際の厨房の忙しさはありません。オーブンのタイマーが明るい音を立てて知らせた後、扉を開けると、そこには香ばしいハーブローストチキンが。熱々で、肉汁をぎゅっと閉じ込めたままの焼き上がりです。ジャガイモのグラタンも、内部はふわっと柔らかく、表面は金色にカリッと焼けていて、見た目は完璧です。


盛り付けの際、チキンを切り分けると、中からは溢れんばかりのジューシーな肉汁が。グラタンをスプーンで掬い上げると、クリームの豊かな香りが広がり、そのまま皿に滑り落ちていきました。実際の調理と同じように見えるこのEthereal Chronicleの世界の料理は、見た目だけでなく、感覚においてもリアルにとても似ているようでした。



「実際にはもっと時間がかかるんですけど……さて、めるさん、一緒に食べてみませんか?」

私はそう言いながら、彼女に皿を差し出しました。この世界では、食材を手に取り、切ったり混ぜたりする部分には実際の時間がかかりますが、他の部分、例えばオーブンでの焼き時間などは大幅に短縮されています。


「時間のかかるものほど、作るとき便利そうですね」


めるさんが目を輝かせながら言いました。

「えっと、たるひさん、料理上手いんですね!」


彼女の言葉に、私も無意識に笑みがこぼれました。

「めるさん、口調が私みたいになってますよ。」


食事の時間は、このゲームの中でも現実世界と変わらない楽しみの一つでした。


「うわーっ、すっごい美味しい!信じられない!」


彼女の尻尾が嬉しそうに左右に揺れていました。


「たるひちゃん! VRの世界なのに、まるで本当のごちそうを食べてるみたい!」


「スキルレベルが上がれば能力も上がるらしいので、すごい便利になりますね。」


「そんなの関係ないよ!また食べたいなー…」


めるさんは物欲しそうに私を見つめてきました。その瞳は、次のごちそうをすでに待ちわびているかのようでした。


「いつでも作るので大丈夫ですよ。次はどんな料理がいいですか?」


「でも、もうこんな時間ですね…」


キッチンの時計が静かなリズムで時を刻んでいます。VRの世界にいると忘れがちですが、リアルの世界では確実に時間が流れています。


「う〜ん、それはその時のお楽しみにしておくね!でもね、たるひちゃんの料理なら何でも美味しいと思うよ!」めるさんが言葉とともに明るく笑いました。


「じゃあ、また次回のお楽しみにしましょう。今日はもう遅いので、ログアウトする時間ですね」


めるさんは一瞬寂しげな表情を浮かべながらも、やがて元気を取り戻して「うん、また明日遊ぼうね!」と応えました。


メニューから「ログアウト」を選択し、キャラクターがセーブされるのを確認します。リアルへの移行が始まり、ゲームの光景が次第に遠のいていくのを感じます。


ヘッドギアを外し、現実世界の光景が徐々にクリアになっていきました。ゲームの中の世界から離れる寂しさが、心を静かに包み込みます。特に、めるさんと過ごした時間の楽しさが、思い出となって心に残ります。


「また明日……ですね」


部屋の中で小さく呟き、ベッドに横たわります。目を閉じると、ゲームの世界への憧れと、そこでの新しい体験への期待が、少しずつ私を惹きつけています。その感覚に包まれながら、静かに眠りに落ちていきました。










 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




広大な無色透明の空間で、小さな声がぽつんと響き渡る。


『おねえちゃん、プレゼントのスキル、使えるかな?』


その問いかけは、愛らしい好奇心をたたえていた。無限に広がるこの虚空に、ほんのりとした温かみをもたらすような声。HINAと呼ばれる存在は、じっと、静かに答えを待っている。


彼女の声は、このゲームの深層世界に新たな何かを予感させる。無色透明な空間が、彼女の言葉によって、かすかに光を帯び始める。


その答えはまだ誰にもわからない。HINAの純粋な疑問が、この世界にどんな変化をもたらすのか。彼女の声は、静かに、しかし着実に、この世界の秘密を解き明かしていくようだ。



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