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学園探偵推理道  作者: 楠治加布里
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第一話

 目の前にご老人がいるにも関わらず、満員電車の優先席を譲らない人間は多分、ろくな死に方をしない。これは私の持論。


 良いことをすればするだけ、良いことが待っている。反対に、悪いことをしたらその分だけ、悪いことが待っている。私はそう思う。人生における幸福はいつだって、それまで積み重ねたプラスとマイナスの合計で決まると、私は思うのだ。


 ともすれば。ともすれば、だ。今まさに優先席を陣取っている、目の前の男性の行く末はあまり明るいものではないと思う。運が悪いことに、今は満員電車だ。更に運が悪いことに、彼の目の前にはお婆さんが少し辛そうに立っている。


 このような状況で周囲の人間が取る行動は、あらかた予想がつくだろう。皆々様、忌避の目で、件の男性へと目を向ける。誰も何も言わないが、ただ彼をじっと見て、何かを訴えかける。そんなことは梅雨知らず、彼は幸せそうに、いびきをかきながら眠り続けている。


(かわいそうだなあ)


 一つはお婆さんに向けて。そしてもう一つは眠る男性に向けて。さらにひとつ周囲の人々に向けて。私は心の中で独り言ちた。


 この場合は、誰が悪いのだろうか。若干18歳の私としては、お婆さん以外は悪い説を推していきたい。誰に推すかは知らない。


 いじめと同じだ。いじめる奴も悪ければ、いじめに何も言わない周りのやつも悪い。席を譲らない男性も悪ければ、それをただ見ているだけの、周りの人たちも悪いのだ。と、私は思う。ここで、いじめはいじめられる子にも問題があるという話は、おいておきたい。私あれ嫌いなんだよね。いじめはいつだって、いじめる奴が悪いでしょ。この状況で、お婆さんが何も悪くないように。


 実を言うと、私は頭があまり良くない。ついこの瞬間まで、自分がいじめを傍観する側の人間になっていることに気が付いていないぐらいには、頭の働きが鈍いのだ。思い立ったがすぐ行動。ここから私の快進撃が始まる。


「あのー・・・。席どいたらどうですか?」


 注。この声は私の声でない。私の隣の男性が発した声だ。


「・・・う。ああ。すみません。どうぞどうぞ。」


 どうやら目覚めが良いタイプの人らしい。ササっと起きて、お婆さんに席を譲っていた。


「あら。ありがとうねえ」


 いや、ね?私も声をかけようとしたんだよ。でもほら、こういう時に声出すのって勇気いるじゃないですか。その勇気をこしらえる間に、隣の人が声をかけちゃったんですよ。だからしょうがないじゃない。


 ちなみに、勇気が出来上がるまでには5分程度かかった。


 私の見せ場を奪ったなと隣の人に因縁を吹っ掛けるほど、私は血気盛んではない。この勇気はいつか、別の機会のために取っておこうと思う。


 かくして、一連の事件の幕は閉じた。閉じたのは電車のドアだけではないのである。あ、乗り過ごしちゃったな。


 そういえば、自己紹介がまだだったね☆。と、急な展開を図ってみるのも、若げの至りというやつかもしれない。


 私は「たじまはる」。口分田の「田」に孤島の「島」で田島。遥か彼方の「遥」で遥。そう、「田島 遥」。平地から分断され、島に飛ばされ、途轍もなく遠くまでぶっ飛び、いかにも凡人とは画し、隔した雰囲気を醸し出す名前だ。が、そんなことはない。ただの脚色。凡人は脚色して、すごく見せたがるものなのだ。すぐにバれちゃうのにね。


 ただ単に、両親から受け継いだ田島という姓。そして、遥か彼方まで届く希望を持って生きてほしという願いの基、名付けられた「遥」。いたって普通の名前だ。


 最初にした名乗りは、カッコイイと思ってこの前考えたんだけど、「遥」の説明だけは案外その通りかもしれない。ちなみに気に入っているので、この名乗りはいつか人の前で披露したい。


 正直、乗り過ごしが響いて、学校には遅刻しそうだ。でもまあ、多少の遅刻は反省文を書くことで許される。と、思っている。遅刻したことないから分からないんだよね。なんだかんだ、いつも遅刻しそうだけど、ギリギリ間に合う。多分今日もそんな感じでいけるだろう。


 人間、追い詰められたときのパワーはとんでもないのだ。この前友達が、不審者から逃げるために走ったら車を追い抜いたと言っていた。それはさすがに嘘じゃね?知らんけど。


 そういえば、先ほどの「早朝電車クライシス」(今名付けた)において、私はただ勇気を準備しただけで何もしていない。別に早朝じゃないな。クライシスの意味って危機であってる?まあいいか。


 つまるところ、ただ見ていただけ。これは多分悪いことだ。で、あれば。私の考えで行けばおそらく、今回のつけが近いうちに回ってくるんじゃないかと思った。よし、あんな考え方は忘れよう。病は気から。禍は機から。その機となる考え方を捨ててしまえば、気に病むことはない。


 私は切り替えられるタイプの人間なのだ。元カレへの未練なんて、持ったことがない。彼氏できたことないからね。


 電車が目的地へ着いた。時刻は8時20分。ダッシュで行けば間に合うだろう。ローファーは少し走りにくいけれど、気合を出せばどうということはない。可愛いは正義。走りにくさの犠牲の基、ローファーという正義を手にしているのだ。


 さてさて、レッツラニング。レッツ登校。元気ハツラツに参ろうか。ワトソン君。ちなみに一人。


 意気揚々と走り出した私を待つのは、愛しの学び舎。すぐ迎えに行くから待ってろよ。いやほんと待ってください。どうか正門閉めないで。遅刻しちゃうから。


 刻限が迫る中、私は全速力で走る。足にはなかなか自信があるのだ。さすがに車は追い越せない。あいつすげえな。


 この横断歩道を越せば、もうすぐだ。が、信号は無慈悲に青から赤へと変わる。


まずい。この信号はとにかく長いのだ。


(車は・・・。来てないね。先生も見てない。よし、今がチャンス)


 私は踏み出した。ごめん信号。今度は守るよ。


 信号の存在意義を踏みにじった私は少しばかりの罪悪感を胸に、走り抜けた。


 校門は目前、この道を走り抜け、曲がり角を曲がれば晴れて到着だ。


(頑張れ私!)


 今時こんなことを心の中でつぶやく人間はあまりいない。が、そんなことはどうでもよく、とにかく走る。


 角を曲がった。目の端に校門を捉えた。これは間に合う。そう意気込んだ。


「嬢ちゃん危ねえ!」


 いつも会う、向かいの肉屋さんのおじさんが私に向かってそんなことを言った。


「へ?」


 そんな生返事を返してしまった次の瞬間。私に大きなトラックが迫ってきた。


(・・・なんでトラック?)


 そう思ったの束の間、私の体は宙に大きく舞った。何が起きたかわからなかったが、閉まりゆく校門だけは確認できた。


(あ、遅刻しちゃう)


 悪いことはやっぱしちゃだめだね。薄まる意識の中、誰に言うでもなく、自分にそう言い聞かせた。

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