もう一つの戦い
「……」
ロンドは一瞬、言葉を失う。
真面目な顔をしたランディが、一瞬泣いているように見えたからだ。
だが一瞬のうちに気を取り直すと、
「ああ……後は任せろ、ランディ」
とだけ言い、ランディが兵士達を取り纏めている脇を通り過ぎていく。
彼らはアルブレヒトが、そしてマリーが待っている二階へと昇っていった。
ロンド達の背中を見たランディは、フッと軽く笑う。
そしてくるりと後ろを振り返ると、
「よし、僕達は一階を掃討しながら、執務室とその先にある金庫を目指そう。二階にはアルブレヒトしかいないしまずはグリムの不正の証拠を抑えてなくちゃ話が進まないからね」
「「――はっ!」」
ランディ達が進んだ先には、襲撃をようやく察知したらしい侯爵子飼いの兵士達の姿があった。
「これは……ランディ様!? い、一体何を!」
「問答無用!」
バルド達が剣を振れば、衛兵達はあっという間に蹴散らされていく。
ぬるま湯につかってきたグリムお抱えの兵士達は数合と打ち合うこともできずに倒され、縄で縛られていく。
「貴様ら……ただでは済まさんぞっ!」
本来であれば自分達より立場が上である男の声を聞きながら、バルドはハハッと笑う。
憑きものが落ちたかのような、快活な笑みだった。
「ただで済まないのは、一体どっちになるのかね。ランディ様、俺達がしごき殺されないようになんとしてでも侯爵になってくださいね」
「ああ、任せておけ」
バルドの軽口が後ろにいる隊員達を安心させるためのものであることがわかっているからこそ、ランディはいつもの彼らしく、きざったらしく前髪をさらりとかき上げた。
バルドの後ろにランディ、そしてその後ろに兵士達が続く形で屋敷の中を歩いていく。
もう二度ほど戦闘を済ませると、ようやく目的地である執務室に到着する。
ランディは中に入ると、資料を漁り出した。
以前から何度も入っている場所であるからこそ、書類の位置は概ね把握している。
当たりをつけて引き出しを開いてみれば、よからぬ物証が次々と飛び出してくる。
流石に帝国との内通の証拠までは手に入らなかったが、商家を相手にした債務に、二重帳簿、違法薬物の取引……これが全て表沙汰になれば、間違いなく侯爵家は無事では済まないだろう。
ランディは目を血走らせながら、ぎりりと歯を食いしばって書類と格闘し始める。
そしておよそ書類の整理がつき、持ち出す書類を分類できた時、遅ればせながらグリニッジ侯爵であるグリムが執務室へとやってきていた。
「ランディ、貴様……何をしているッ!!」
「バルド」
「はっ!」
部屋の中で待機していたバルドが、即座にグリムを組み伏せる。
長いこと戦いから遠ざかりまともに身体を動かしてもいなかったグリムは、そのままバルドに地面に引き倒された。
「ぐうっ!」
「父上、あなたはやり過ぎた。あなたのやっていることは王国貴族として、到底看過できるものではない」
ランディはかつかつと踵を鳴らしながら歩いていき、そしてしゃがみ込んだ。
彼とグリムの視線が交差する。
今まで唯唯諾々と従うことしかできなかった自分の父は、思っていたよりもずっと小さく見えた。
なぜ強く諫言をすることができなかったのか。
命をかけて言っていれば、何かが変わったのではないのか。
湧き上がってくるのは後悔ばかりだった。
父は決して褒められた人間ではない。
けれど彼が救いようがない、どうしようもない人間だったとしても。
それでもグリムはランディにとってたった一人の、父親なのだ。
(……過去を悔やんでいるだけでは何も変わらない。僕がすべきはこれ以上の父上の横暴を許さず、領内を速やかに立て直すことだ)
きっとこれからの人生は、今までの父がなくしてきたものを、取り戻すために使うことになるだろう。
だが本心から、ランディはそれを嫌と思っていない。
彼にとって民のために生きるのは貴族としての責務であり、やらなければならぬ当然のことだったからだ。
彼は上級貴族として必要なそれを持ち合わせている、稀有な人間の一人だった。
彼の脳裏に、マリーの笑顔が浮かんだ。
けれど彼は浮かんできた幻想を、首を振って打ち消した。
その笑みを向けられるべき人間は、自分ではなく……
ドゴオオオンッ!!
「……始まったか」
ランディは天井を、その先にある二階で繰り広げられているであろう戦闘を思う。
そのあまりの激しさ故か、天井からはパラパラと破片が落ち始めていた。
父と自分の戦いの行方、そしてランディにとって最も大切な人の行く末は、彼らの双肩にかかっている。
「頼んだよ……ロンド」
ランディはもう一度そう呟いた。
けれど先ほどとは違い、その心はひどく晴れやかだった。
彼はついてきてくれる兵士達と共に速やかに屋敷を後にする。
そしてランディ達の間に決着がついたその頃、ロンド達の戦いもまた、その激しさを増していた――。




