それぞれの戦い
数日ぶりに会ったランディの顔には、大きな隈ができていた。
どうやらかなり奔走していたらしく、常にキザったらしい彼にしては珍しく、髪の色艶がなくなっているのが、遠目に見てもわかる。
「バルド、これは一体どういうことだ?」
「どういうことだ……と言われましても……」
このグリニッジ侯爵家の若手の武官達の取り纏めをしているバルドは、いきなり現れたランディに戸惑いながらも、ロンド達の方へ注意を向けていた。
中には魔法使いもおり、彼らは精神集中をして魔法の発動準備を始めていた。
そんな彼らの前をランディが通ってゆく。
そして兵士達とロンド達の間に割って入っていった。
兵士達は困惑しながら、顔を見合わせる。
剣を向けるべき人間が誰なのかわからず、あたふたとしている様子の彼らへ、ランディは視線を向けた。
「バルド、彼らは僕の客人だ。故に戦う必要はない」
「な、何をおっしゃっているのです!? 現にイッシュルやマッド達が倒されているんですよ?」
「恐らく両者の間で、不幸な行き違いがあったのだろう。ここ最近のイッシュル達の狼藉は目に余る。お灸を据えてやったんじゃないかな?」
「そんな……わけが……」
先ほどまで気炎を上げてロンド達の下へやってこようとしていたバルドの言葉は、次第に尻すぼみになる。
その理由はやはり、ランディに気圧されてのことだろう。
今のランディは隈ができ、頬は痩せこけ、髪がぼさぼさになっているようなひどい状態だ。
けれど今の彼の瞳は、かつてないほどに爛々と輝いていた。
生気と決意に満ちた瞳に、兵士達は皆言葉を失ってゆき、口を噤んだ。
兵士達の心は揺れていた。
現当主であるグリムのことを考えれば、侵入者は今すぐにでもたたき出す必要がある。
けれど彼らはランディであるグリムに忠誠を誓っているものの、ランディのことだって好ましく思っている。
自分に近い位置に居る騎士だけを厚遇するグリムのやり方は、騎士や兵士達の多くの反発を生んでいた。
そんな中でランディは、彼らの待遇改善のために何度も働きかけていた。故に兵士達のランディへの信頼は篤い。
彼らがじっとランディを見つめる。
故にランディも嘘偽りのない正直な気持ちを告げた。
「僕は常々思っていた。父は――グリムはグリニッジ侯爵に相応しくない。悪政を敷き民からは税を貪り、ヴァナルガンド抵抗に対する大量の借金をして、挙げ句の果てに同じ王国貴族であるアナスタジア家の令嬢であるマリーを誘拐した。それ以外にも様々な罪状がある。彼がやっていることを考えれば、グリムは王国貴族の風上にも置けない男だ」
ランディはゆっくりと息を吸う。
ロンドはその後ろ姿をじっと見つめていた。
目の前のランディには、戦闘能力はないかもしれない。
けれど今この場所は、彼にとっては正しく戦場であった。
「故に悪政を敷くグリムを廃し――僕がグリニッジ侯爵になる。爵位を譲り受けるまではと思っていたけど……ここまで来てしまったら、さすがの僕も限界だ。負の連鎖は、ここで断ち切る」
バルドはランディのことを、幼い頃からよく知っている。
彼はかっこつけで、貴族として最も重要とされている戦うための力を持ってはいないけれど、それでも配下や部下を気にかける慈悲深さを持っていた。
戦いは下賤なものと武官を冷遇するグリニッジ侯爵家にそれでも滞在している兵士が多いのは、ランディの人徳による部分も大きいのだ。
「バルド達は僕のことを……助けてくれるかい?」
「……ええ、グリニッジ家のためにも、我らはランディ様に就かせていただきます。なあ皆、そうだろ?」
「「「お……おおおおおおおおっっ!!」」」
兵士達が拳を上げ、歓声を上げる。
新たにやってきた兵士達のうちグリムに与している人間は縛られ、床に転がされた。
くるりと振り返ったランディは、ロンド達へ向けてウィンクをする。
「さあ、これで準備は整った。だから後は……頼んだよ、ロンド」
新作の短編を書きました!
↓のリンクから読めますので、そちらもぜひ応援よろしくお願いします!




