領都
それから馬車を乗り継ぐことしばし。
一週間ほどかけて、ロンド達は領都バーゲルスベルクへと辿り着いた。
領都というだけあって、流石に他の都市と比べても栄えている感がある。
ただ今回の目的は観光ではない。
街に入ると彼らは早々に、動き出すことを決める。
(思っていたより監視の目がないな。こっちとしては助かるけど……どうやら侯爵は随分と気が緩んでいるらしい)
あれだけ強引にマリーを攫っていったのだから、奪還のために動かれてもおかしくはないと考えるはずだが、マリーを確保していることで安心しきっているのかもしれない。
たしかにアナスタジア家の人間が束になっても敵わなかったアルブレヒトという特級戦力がいれば、安心していてもおかしくはない。
ロンドは宿を借り、その日の夜に領都の裏路地を進んでいった先にある小綺麗なレストランへと入っていった。
そして個室の中で待っていたランディと、最後の確認作業をしていく。
ここは後ろ暗い者達がよく利用する完全防音の密室なので、企みが外にバレる心配はなく、念入りに打ち合わせをすることができる。
ランディが取り出したのは屋敷の見取り図と、そこに配置されている兵士の駒だ。
淀みなく並んでいく駒を見つめながら、ロンドは思わず唸った。
グリニッジ侯爵家の本邸の防衛体制が、アナスタジア家よりはるかに厳重だったからだ。
「……とまあ、現状の屋敷の警備はこんな感じだね」
「流石侯爵の屋敷なだけのことはある、ということか……」
頷いているアマンダの言う通りだった。
上級貴族の本邸なのだから当然なのだが、グリニッジ侯爵家の防犯対策は有事に対応できるようしっかりと組まれている。
領都の警戒を厳にしていないのは、屋敷周りを固めれば自分が被害を被ることはないという自信の表れなのかもしれない。
「警備は万全ってことか」
「これだと私達が侵入しても、マリーさんのところにたどり着けるかどうか……」
説明を聞いたキュッテが眉間にしわを寄せる。
屋敷の屋敷の入り口と裏手を固める兵士の駒がある。
出入り口はこの二つしかないため、侵入と同時にどうしても兵士達には気付かれることになってしまう。
ロンド達も一度も戦うことなくマリーの下まで向かえるとは思っていないので、それ自体は問題はない。
だがここで厄介になってくるのが、屋敷のすぐ近くに配置されている大量の駒だ。
グリニッジ侯爵の本邸から徒歩二分ほどの位置に、侯爵領の兵士達の詰め所があるのであるのである。
もし何かがあった際には即座に火魔法の魔法石を使い合図を出し、近くにある詰め所から大量の兵士達を呼ぶことができるようになっているのだという。
もしロンド達が大した下調べもせずに馬鹿正直に突っ込んでいたら、間違いなく兵士達に囲まれてゲームオーバーになっていただろう。
(これだけ近くに兵士達がいるとなると、マリーを奪還してそのまま逃げるというのも難しいよな……)
アルブレヒトを倒すことができたとしても、その後の逃亡に失敗してしまうのであれば意味がない。
厳しい戦いになることはわかっていたが、このままではアルブレヒトと戦う前に捕まってしまう可能性が高い。
口数少なく、じっと地図を凝視するロンド達。
彼らに助け船を出したのは、協力を申し出てくれたランディだった。
「詰め所の兵士達には、僕が対応する。グリニッジ領の兵士の父上に対する忠誠心自体はそこまで高くない。僕がとりなせばなんとかできるはずだ」
ランディの申し出は非常にありがたかった。
ロンド達はマリーを助けたいだけで、グリニッジ侯爵領の兵士達を傷つけたいわけではない。
戦わずに済むのなら、それに越したことはないのだ。
「屋敷の中の兵士達に対応するだけでいいのなら、まだやりようはあるな」
「ああ、キュッテの土魔法を使って追って来れないようにしてしまえば、戦わずに済むこともできるはず……」
「その代わり、一ついいかな?」
ロンド達が話し込もうとしたタイミングで、ランディがスッと手を挙げる。
彼の顔は今までにないほど緊張しているように見えた。
ランディはぺろりと唇を舐めると、ゆっくりと口を開き……ロンド達に一つの提案をする。
「――それは……」
一瞬面食らったロンド達だが、最終的にその提案を受け入れることにした。
それは場合によっては今回の問題を根底から覆す、鬼札になる可能性を秘めたものだったからだ。
ランディとロンド達はより綿密な打ち合わせを行い、決行の日取りを決めていく。
マリー奪還作戦の決行は、明後日と決まった。
そのまま流れで決起集会が始まり、料理と酒に舌鼓を打つことになる一行。
ランディの奢りということなので、ロンドは遠慮なく飲み食いをさせてもらうことにした。
「頼みましたよ、ランディさん」
「……ランディでいい。君に敬語を話されると、なぜだか背筋がかゆくなるんだ」
「……なんだよそれ、どういう意味?」
「言葉通りの意味だが?」
言葉を応酬を重ねるロンドとランディは知る由もない。
真剣に話し合っていた自分達の姿が、後に有名な一枚の絵画になるということを――。




