修行
「はい、というわけでやってきました公爵家の別荘へ!」
「……ロンド、一体誰に向かって話しかけているの?」
領都より東に位置しているアズサハという場所は、避暑地として有名な場所だ。
山脈が多く豊富な水源があり、夏場でも比較的気温が低いため、公爵領の成金達は皆ここにこぞって別荘を建てるのだ。
ロンドは公爵の許可を得てくれたマリーと一緒に、アズサハの別荘へとやって来ている。
やってきたのはもちろん、毒魔法の練習のためだ。
連れてきた者達は口が堅いとマリーも念押ししてくれているので、情報が外に漏れる心配もない。
「ロンドの魔法を見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ」
二人は別荘の外れにある林へとやって来ている。
中へ入ると綺麗に木々の伐採された広場という、絶好のスポットがあった。
周囲の目を気にせずに魔法を使うにはもってこいの場所だ。
ロンドは手を前に出し、屋敷では使えなかった、新たに手に入れた力を試していくことにする。
「ポイズンボール」
龍の毒を解毒することによって、ロンドの毒魔法は対象に毒をかけるだけのものではなくなっている。
火・水といった他の四元素魔法のように、毒それ自体を純粋な物理攻撃としても使えるようになったのである。
彼が生み出した毒の玉は、狙い通り細長い木に吸い込まれていく。
着弾すると、質量のある鉄球を投げつけたような重たい音が鳴る。
そしてベギベギッと音を鳴らしながら、幹が折れ倒れていった。
二人で近付いて見ると、攻撃の当たった部分が大きく凹んでいた。
更に毒玉は着弾と同時に弾けており、木の至る所に紫色の液体が飛んでいる。
観察をしていると、徐々に青々としていた葉が枯れていき、木の表皮が溶けていくのがわかる。
「純粋に魔法攻撃としての威力もあり、更に攻撃がヒットすれば周囲に毒を撒き散らす……かなり凶悪な魔法ですね」
「どうやら本来の毒とは別に、物を溶かす力も足されるなるみたいですね」
「……でもこれだと、屋敷の中での練習は危ないかもしれませんね。屋敷の床とか、抜けてしまいそうですし」
「ちょっと種類を変えてみますね」
ロンドが使える毒の種類は、一気に増えた。
少し前までは衰弱毒しか使えなかったが、今の彼は相手を麻痺させる毒だろうが、即座に殺してしまうような猛毒や龍毒だろうがなんだって使うことができる。
今までできなかった分、とりあえず使っても大丈夫そうな毒は試してみようと色々な毒を込めてポイズンボールを投げていく。
一舐めすればそのまま死んでしまうような、凶悪なものは使わない。
あくまでも身体が痺れたり徐々に体力が奪われるような、あまり毒性の強くないものに留めるよう心がけながら、。
下手に森の生態系を壊してしまうのが嫌なので、本気は出さないでおくことにした。
「ロンド、もう十発は打ったと思うけど、まだ魔力に余裕があるんですか?」
「え……まだまだいけますね。強い毒を使うとかなり持ってかれますけど、今使ってるのはどれも雑魚毒なので」
「雑魚毒ってなんですか!?」
魔法使いと関わることがほとんどなかったため知らなかったが、どうやら魔法というのはそう簡単にバカスカ撃てるものではないらしい。
例えば火魔導師を例に取れば、ファイアボールを十発も打てばまず間違いなくガス欠になるらしい。
どうやらロンドの魔力量は、かなり多いようである。
ふと、彼の脳裏によぎる光景があった。
それは部屋に軟禁されている自分が、窓から外を覗いた時の記憶。
義理の兄姉達が笑いながら、延々と的当てをしているのを見ていることしかできなかった、幼い頃の思い出だ。
――どうやら自分は魔力量の多さだけは、父からしっかりと受け継いでいたらしい。
それなら一緒に属性魔法の才能も、分けてくれればいいものを。
そんなことを考えていたからだろうか。
気付けばロンドは、マリーに顔を覗き込まれていた。
まだ成人したばかりとはいえ、ロンドの方が背は高い。
自然彼女のことを、至近距離から見下ろす形になる。
「それなら一番強い毒魔法を使うと、一体どうなっちゃうんですか?」
「うーん、多分この森が二度と動物の住めない場所になると思います。マリー様も護衛の人達も、ただじゃすみません」
「そうですか……やっぱりロンドは、すごい魔法使いですね」
マリーに改めて褒められると、先ほどまで見ていたはずの過去は溶けて消えていった。
今の自分は本当にすごいんだぞ、という気分になってくる。
(そうだ、今の俺なら……恐らくはフィリックス達を相手にしても勝てるだけの力はある)
別に張り合うつもりはない。
だが自分のことを見下す彼らは、ロンドにとっては見上げてきた高い壁でもあったのだ。
壁を乗り越えようと思わない男など、一人もいない。
ロンドはマリーから逃れるように身体を動かし、再度手を上げた。
己の最大の一撃を放つため、魔力を溜めていく。
しばらくの集中ののち、術式が完成した。
毒魔法には、大別すると二つの種類がある。
一つ目は接触することで直接毒をかけるもの、そして二つ目はポイズン○○の形で毒を攻撃、防御の手段として使うものだ。
ただ毒をかけるだけの一つ目の場合であれば、構文は要らない。
使う毒の内容を決め直接対象に触れるだけで、相手へ毒をかけることができるようになる。
こちらの一番のメリットは、自分の力を見せつけるためにアナスタジア家の人間に見せたあの時のように、相手に触れることさえできれば確実に毒をかけることができる点だ。
そして二つ目の一番のメリットは、やはり触れることなく相手に毒魔法を当てられる点だ。
また、魔法自体が実体を持つ攻撃、防御手段として利用できるという点もかなり大きい。
ただしポイズンボールを始めとする二つ目の毒魔法を使う場合は、使う毒に加え、発動する魔法の形状と注ぎ込む魔力を選択する必要があるため発動までに少し時間がかかる。
そして毒を遠くに飛ばせば飛ばすほど、相手を毒状態にできる確率が下がるというデメリットもある。
けれど飛び道具として使える魔法があるのとないのとでは大違いだ。
ロンドはゆっくりと時間をかけて魔力を注ぎ込んでいき、今の自分が放てる最大の一撃を発動させた。
「ポイズン……ドラゴンッ!」
ロンドの手のひらから、毒の濁流が飛び出していく。
一見すると無軌道に流れていくようにも見えるその攻撃は、しかし徐々に輪郭を取り始めた。
速度を増し、細くしなやかに伸びていくその紫の奔流は、雲の上を飛翔する龍の姿をしている。
龍の力を手に入れたロンドの最強の毒魔法、ポイズンドラゴンは木をぶち抜き、更にその奥にある木にまで噛みついていく。
ドドドドドと荒れ狂いながら、森の中を真っ直ぐに突っ切っていった。
己の背にある魔力紋は龍型であり、同時に自分にこの力を与えてくれたのも紫龍である。
それに加えて最も高威力な魔法も龍なのだから、何から何までドラゴン尽くしである。
自分が未だ生きていることができるのは、正しく龍の起こした奇跡のようなものなのかもしれない。
ロンドは己の幸運に笑みを浮かべながら、くるりと後ろを振り返る。
そこには驚いて手を口に当てている、マリーの姿があった。
「誰が来ても負けないように頑張りますよ、俺は」
「こ、これだけの力があれば、負けないような気がしますけど……」
ロンドはそうは思わなかった。
そもそも紫龍の毒を手に入れられる人間など、ごく一部の上流階級に限られる。
詳しい値段は知らないが、まず間違いなく天文学的な値段になっているはずだ。
そんな額を払える誰かが刺客を雇うとすれば、かなりの強敵になるだろう。
兄姉達なら、ポイズンドラゴンのような大技を使う隙を与えてはくれないはずだ。
魔法で飛ばすことのできる毒は限られているし、彼らなら回復魔法で解毒もしかねない。
少なくともロンドには、まだまだ力が必要なのだ。
「よしっ、一緒に頑張りましょう、マリー様!」
「――その意気ですロンド。私も頑張らなくっちゃ!」
こうして二人は、少し離れた距離で各々の魔法修行を始めたのだった――。
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