ランディ
マリーを攫ったグリニッジ家の跡取りであるランディがやってきた。
その情報を聞けば、当然ながら心中穏やかでは居られない。
ロンドとアマンダはしっかりと心を静めてから、対面に挑むことにした。
「やぁ……」
「……なんだか疲れてます?」
「こら、キュッテ!」
ロンドはいつもと変わらぬ態度で接しようとするキュッテを慌ててたしなめる。
彼は以前、マリーの快気祝いをしていた頃にランディと会ったことがある。
ロンドはその時の、彼の貴族然とした態度を良く覚えていたからだ。
けれど返ってきた反応は、予想していたものとは大きくズレていた。
「はは……まあ、正直ね」
キュッテが言っている通り、今のランディはかなり疲れているように見えた。
以前全身からあふれ出していた自信はなりを潜め、かつては綺麗に整えられていた頭髪もどこかくたびれているように思える。
「君達が警戒するのも当然のことだと思う。父上はそれだけのことをしたからね」
ランディからは敵意というものをまったく感じない。
彼は供回りもつけずに、一人でこの場にやってきている。
もし攻撃をすれば、亡き者とするのはあまりにも簡単なことだ。
アマンダの目が剣呑に光る。
ロンドもその気持ちは痛いほどにわかった。
向こうの侯爵にも同じ気持ちを味合わせてやりたいという薄暗い感情。
ランディを誘拐してアナスタジア領に連れてきてしまえば、人質交換という形でマリーを取り戻せるのではないかという希望。
けれど結局のところ、グリニッジ侯爵の家にいるアルブレヒトをなんとかしなければ、今のロンド達には手立てがない。
彼を倒せるほど強くならなければ、どのみち同じ事が繰り返されて終わってしまう。
「父上のこれ以上の横暴は看過できない。彼の所業は、ユグディア王国の貴族として到底許されるものではない」
ランディの目がキラリと光る。
その瞳には憤怒の色があった。
我が父であれど決して許さぬという強い怒り。そしてその中にわずかに潜む諦念と悲しみ。
会う前は以前嫌みを言われたことの意趣返しでもしてやろうかと思っていたが、あまりに様変わりしてしまったランディを前にすれば、そんな気もなくなってしまった。
「安心して。マリーを助けてあげたいという気持ちを持っているのは、僕も君達と同じだよ」
「――一体どの口でっ!!」
「どうどう、今ここでランディ相手に鬱憤を晴らしても意味はないよ。それならもっと彼のことを有効活用すべきだろ?」
「それは――そうだな……」
激昂しかけるアマンダを、ロンドは必死に押しとどめる。
ロンドは完全に毒気が抜かれてしまった。
ここでむやみにかみついて関係性が終わってしまうより、彼からグリニッジ家の情報を聞き出す方がよほど大切だ。
それがわかったからだろう、アマンダの方も鼻息が荒くしながらも話を聞く体勢に入って見せた。
どうやらランディは敵ではないらしい。
彼は何かを隠したりする様子もなく、マリーが家にやってきてからの事情を包み隠さずロンド達へ教えてくれた。
そこでロンド達は、今回の一件のおおよそのあらましを知ることになる。
「帝国の力を借りると言っても、帝国兵の姿はないのか……」
「詳しい話を聞いたわけじゃないけど、有事の際の相互協定くらいだと思う。少なくとも領内で帝国兵を見たことはないかな」
てっきりロンド達は侯爵家が帝国とズブズブだと思っていたが、そこまでひどい状態ではないらしい。
借金があったりと色々と情けないところもあるようだが、まだ引き返せるラインのようだ。
屋敷の見取り図や、領都に存在している屋敷に駆けつけることができる兵士達の数や質。
そしてアルブレヒトとマリーの居場所……数十分の聞き取りで、必要な情報はおよそ聞くことができた。
「僕はこのまま戻らせてもらうよ。今後も定期的に情報は送るようにする」
どうやら見張り兼護衛の人間達を撒いてやってきたようで、ランディは話を終えるとそのまますぐにその場を去ろうとする。
マリーに近い貴重な情報源の彼は、どうやら今後もロンド達に協力的にしてくれるつもりのようで、領都へ向かってからの連絡の方法も教えてくれた。
「ではさらばだ、同士諸君!」
話しているうちに少し調子を取り戻してきたのか、気持ち髪がピンッと立ち始めていたランディ。
初めて見た時と同じような自信を漂わせている彼は、そのまま街灯を目深に被り歩き始める。
「どうして――どうしてここまでしてくれるんですかっ?」
てっきりランディは侯爵とグルでマリーを攫い好き放題しているとばかり思っていたロンド。
それが違うとわかっても、ランディがここまで協力的な理由が、彼には想像できなかった。
自分達はたった三人、誰の援助もなくマリーを助けようとしている。
ランディであればもっと可能性が高そうな手を打つこともできるはずなのに、どうして……そんな疑問を浮かべたロンドに、ランディはフッとキザに笑う。
「そんなの、決まっている――僕だってマリーのことを、愛しているからさ!」
その言葉のニュアンスを悟ったロンド。
すぐにくるりと後ろを振り返ってしまったため、ランディの顔は見ることができなかった。 彼の背中が遠くなっていく。
ロンドはその背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた――。
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