決意
(マリーを……殺すだと? ……いや、流石に僕の聞き間違いだろう)
ランディは耳をそばだてて、二人の会話を耳にする。
けれど話を聞き続けても、わかったのはさっきの言葉が自分の聞き間違いではないという残念な事実だけだった。
父であるグリニッジ侯爵グリムは、マリーを殺そうとしている。
とてもではないが、まともな考えではない。
「マリーを殺しても、それがすぐに向こうに伝わるわけではない。譲歩を引き出すだけ引き出してから殺したことを教えてやればいい」
「それだと僕が困るんだよねぇ……」
彼女はアナスタジア公爵が必死になって送り出してくれた愛娘であり、そしてランディの婚約相手だ。
両家の友好のためにやって来たはずの彼女を殺すなど、常軌を逸している。
何か理由があるのは間違いない。
だが理由があるとはいえ……というか理由があるからこそ、父の言っていることを到底許容することはできそうになかった。
話を聞いていると、どうやらアルブレヒトはマリー殺害に反対の立場を取っているらしい。
であれば彼は自分の味方とまでは言えずとも、マリーを守ることに関しては意見の一致を見ることができるはずだ。
しかし残酷なことに、その期待もすぐに打ち破られることになる。
「殺すこと自体は構わないんだけど、タイミングをもう少し待てないかな?」
「どういう意味だ?」
「文字通り、彼女は僕が殺してもいいと思ったタイミングで殺すのさ」
「だがそれでは……」
「これは帝国からの決定事項だ。なぜなら今僕が決定したからね、ふふ」
「貴っ様ぁ……」
帝国という言葉に、背筋に寒いものが走る。
だから帝国の人間と関わるべきではないと言ったというのに。
ヴァナルガンド帝国の国是は『豚は死ね、狼は生きろ』。
実力至上主義である帝国などに頼っても骨の髄までしゃぶられて、いいように利用されるだけだ。
大体、アルブレヒトを入れるだけでもかなりマズいのだ。
アルブレヒトは帝国の人間だ。それも彼の悪名はかなり通っている。
そんな人間が屋敷内にいることが漏れれば、帝国との密通を疑われかねない。
「もしそれを邪魔立てしようとするのなら……」
バチリ、と部屋の中に雷が走る音が聞こえてくる。
父の悲鳴が聞こえてくる。
中で何が起こったかはわからないが、父に何かが起こったのは間違いない。
だがランディには部屋に入っていこうという気持ちは起こらなかった。
マリーを殺そうとする父を助けようとすぐに思えるほど、ランディの父への愛情は深くない。
(だがどうすればいい。俺は、どうすれば……)
ランディは自分のキャパシティを大きく超えた現実を前に、急ぎ自室へと戻る。
ドアの隙間から走り去る少年の姿を見てアルブレヒトはにやりと笑ったが、それに気付いた者はいなかった――。
ことはもはや、マリーの気持ち云々の問題を飛び越えてしまっている。
マリーを父やアルブレヒトの毒牙にかけることなく助けるために必要なこと。
それはやはり、マリーをこの屋敷から出してしまうことだ。
ランディ自らがマリーとの婚約を解消し、彼女が屋敷に逗留できる理由そのものをなくしてしまえばいい。
その決断は、簡単に決められるものではない。
ランディは心を痛めながら髪をかきむしる。
彼の脳裏に浮かぶのは、以前涙を流していたマリーの姿だ。
その姿を思い浮かべながら、彼は決意を固めた。
「決めた。僕はマリーを……この屋敷から、脱出させる」
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