涙
(ロンドとは一体どこの……いや、そういえば……)
ランディが思い出すのは、以前マリーの快復祝いをしたパーティーの時のことだ。
ウェイターをしていた男の一人が、たしかそのような名前をしていた。
その跡も公爵家によった時にも逗留していたので二度見ている。
少し頭を回せば、その顔はすぐに思い出すことができた。
だがなぜあんなぱっとした冴えない使用人の名を。
自分はマリーの婚約者だというのに。
つらいならつらいと言ってくれればいいのに、マリーはそうしてはくれない。
「……」
ランディは音もなく泣いているマリーを見て手を伸ばし……中空でそれを止めた。
彼は目をきつく引き絞ると、ギュッと力強く拳を握る。
そして気付かれぬよう、音を立てずにその場を後にするのだった――。
マリーの涙を目にした後、ランディは以前のように積極的にマリーに近づくことを止めた。
自分の好きという気持ちを押しつけるだけでは、彼女の心の奥底にある悲しみを打ち消すことはできない。
それを理解してしまったからだ。
領主教育や魔法の訓練などやらなければならないことは多かったが、あれからというものなかなか何をやっても手に付かなかった。
なのでとりあえず、ロンドとアルブレヒトという今のランディの知らぬ二人に関する情報を集めることにした。
まずはロンドについて。
侯爵家で情報を集めたところによると、彼はアナスタジア公爵家の食客だったらしい。
だったという過去形を使っているのは、現在では彼がマリーの護衛を務めているらしいということがわかっていたからだ。
護衛対象であるマリーと護衛のロンド。
つながりがある二人の関係が、仕事をしていく中で近づいていったというのは十分に考えられる話だ。
ロンドが戦っている姿を見た者はいなかったが、なんでもかなりの凄腕らしい。
公爵も彼には信頼を寄せており、騎士団の詰め所などでも度々目撃情報があった。
「それが恋愛関係かどうかは……今はおいておこう。世の中には知らない方がいいこともある」
彼とマリーがどんな関係かなど、ランディからすればどうでもいい話だ。
貴族の火遊びはそこまで珍しい話ではない。最後に自分の下へいてくれるのならそれでいい。
マリーにそれだけ頼られていることに思うところはあるが、怒りからわめきちらさないほどには分別もある。
「むしろ問題は、アルブレヒトの方だろう……っ」
アルブレヒトの方は、ロンドよりも情報を集めるのがずっと容易だった。
何せその悪名は、まるで自分から見てほしいとでも言わんばかりに調べれば調べるほどに出てくるのだ。
彼は隣国であるヴァナルガンド帝国の戦闘要員だ。
なんでもかなり高い立場の人間と関わりがあるらしいが、その直属の上司の名前まではたどり着けなかった。
ユグディア王国では上級貴族であるグリニッジ家でたどり着けないということは……つまりはそれだけ相手の身分が高いということだ。うかつに近寄っていい相手ではない。
なぜそんな相手と父が関わりを持っているのか。
アルブレヒトの話を聞くにつけ、ランディのその思いは大きくなっていく。
アルブレヒトの戦闘能力は非常に高い。
雷魔法と呼ばれる系統外魔法を使いこなしており、誇張なしに大隊程度なら軽く殲滅できる程度の力があると言われている。
だが彼を有名にしているのはその純粋な戦闘能力ではなく、彼がしてきた数々の所業によるものだ。
彼はとにかく人の言うことを聞かず、自分の考えに従って動く。
命令無視などは当たり前で、気に食わなければたとえ雇い主であろうと容赦なく殺す残虐性を持ち合わせている。
アルブレヒトは狂犬だ。
まともな思考回路では彼のことを理解することなどできない。
そんな人物はグリニッジ家にとって、獅子身中の虫に他ならない。
ランディは父のグリムに今すぐアルブレヒトを追い出すよう何度も言いつのった。
けれど父は、素直に頷いてはくれなかった。
だがアルブレヒトを家中に留めておく問題は理解しているようで、少しでも早く出てもらえるよう交渉はしようという言質はもらうことができた。
そんなある日のこと。
ランディが再びグリムの下へ向かおうとした時のことである。
聞き逃せない言葉が、扉の向こうから入ってきた。
「アルブレヒト、だから言っているだろう。もうマリーを殺せばいい。そうすればお前もお役御免で国へ帰れるのだろう?」




