マリーとの再会
マリーが侯爵家にやってくる。
その情報を聞くことになったのは、彼女がやってくる数日前のことだ。
あまりにも直前のことだったので、ランディとしても青天の霹靂だった。
「タッデンの娘が来る……ランディ、案内してやれ」
「もちろんです! マリーはその……僕の、婚約者になる人ですから!」
どこか歯切れの悪い様子で告げるグリムに、ランディは満面の笑みを返す。
マリーがやってくると小躍りしている様子のランディは、グリムの苦々しい表情には気付かない。
そして三日後、待ちわびていた日がやってくる。
マリーが二頭立ての馬車に乗り、屋敷へとやってきたのだ。
「ま……マリー……?」
屋敷の上から今か今かと待っていたランディは、双眼鏡越しに発見した馬車の異常に、すぐに気付くことができた。
その馬車の窓には格子が設置されており、その出入り口であるドアにはしっかりと鍵がつけられている。
内側から外の景色が見えぬようにするためか透明度の低い磨りガラスが使われており、中の様子はまったく見えなかった。
馬車の脇にアナスタジア公爵家を意味する獅子の横顔の紋章が入ってなければ、あの中にマリーがいると言われても気付かなかっただろう。
(あれではまるで……監獄に囚人を送る護送車ではないか)
そんな感想が出てきたのも、無理なからぬことだった。
そしておかしいのは、その閉じ込めるかのような馬車だけではない。
幌に押印されている公爵家の紋章は、略式のものが使われていた。
公爵家の一人娘の輿入れとなれば、通常であれば公爵が許可をしなければ使うことのできぬ、縁取りやたてがみの本数が略式のものよりも多い、本物の紋章を使うべきである。
それに馬車が二頭立てなのもおかしい。
六頭立ての馬車は希少なため無理でも仕方がないが、四頭立てくらいはしておかなければアナスタジア家の格式を疑われてしまう。
おかしなことはいくつもあった。けれどマリーがやって来たという重要ごとと比べれば、そのどれもが些事であることもまた事実。
ランディは若干の違和感を感じながらも、急ぎ衛兵に事の次第を伝え、屋敷の門を開かせる。
そしてこちらにやってくる馬車に向けてその両手を大きく広げ、マリーの到着を心より歓迎した。
「マリー、よく来てくれたね!」
その自信を感じさせる気品ある挙動は、ランディが長い生活の中で身に付けてきたものだ。 マリーを不安がらせてはいけない。
長年住んできた故郷を後にして、わざわざ侯爵領にやってくる。
いくつもの別れをしただろうし、こちら側には頼りになる者もほとんどいないはずだ。
そんな彼女を、不安にさせてはいけない。
だって自分は――マリーの婚約者なのだから。
けれどランディのそんな覚悟は、あっさりと打ち砕かれることになる。
なぜなら侯爵邸にやってきたマリーは……
「ありがとう、ランディ……」
完全に、塞ぎ込んでしまっていたのだから――。




