暮らし
魔物の討伐を行い生活費を稼ぎながら、ロンド達の旅は続く。
馬車のチャーターにはそこそこの金がかかるが、今のロンド達が力を合わせればBランクの魔物を狩る程度のことはわけはない。
そのため特に金策に焦ったりすることもなく、スムーズにグリニッジ侯爵領に入ることができた。
ラースドラゴンが出没したのは、モヘンという街だ。
アナスタジア公爵領最東の街であるラーフェンを抜け、グリニッジ侯爵が治める街をビルク、ギシン、フォルと抜けた先にある、領地の中央部に位置している。
モヘンへ向かうため、まずはビルクへとやってきたロンド達。
彼らが見て驚いたのは、アナスタジア公爵領との変わりようだ。
「これは……」
「控えめに言って、あまり余裕がありそうには見えないな……」
ビルクの街の人々の顔色は、お世辞にも良いとは言えなかった。
血色が悪く明らかに栄養不足そうな人や、痩せ細った人が目に入ってくる。
どうやら民の暮らしは豊かではなさそうだ。
地面に倒れ込んでいる人を見て、ロンドが顔を曇らせる。
それを見たアマンダが、ふんと鼻を鳴らした。
「今代侯爵であるグリムは典型的な貴族らしくてな。領民のことを税を巻き上げるための道具としか思っていないともっぱらの噂だ」
「ひどい……」
キュッテが見つめる先には、疲れた様子で地面にへたりこんでいる女性の姿があった。
その隣には、どこか女性の面影のある子供が立っている。
二人は手を繋ぎながら、遠くを見つめていた。
「領地の財政が上手く回っていない、故に増税をしてなんとか収入を維持しようとする、そのせいで領内の景気が冷え込む……その負の連鎖が今も続いているのだろう」
「公爵領とは、全然違う。なんというか……」
上手く言葉にするのは難しかった。
領内が、完全に機能不全に陥っているわけではない。
店は営業しているし、商店では店員がおり、食堂には人が集まっている。
衛兵達も見回りをしていて、治安が崩壊しているわけでもない。
けれど彼らからは、あまり活気が感じられない。
どこか諦めたような閉塞感がそこら中から漂っていて、ロンドもあてられてしまいそうだった。
「ここは……あまり気分の良くなる場所じゃないな」
「そう、ですね。次の街だと、もう少しマシだといいんですけど……」
キュッテの言葉に頷くロンドだったが、内心では二人ともわかっていた。
恐らく今後向かうどの街も、このような空気に包まれているのだろうということを……。
想像通り、侯爵の治める街は全体的に陰鬱な雰囲気に包まれていた。
そしてそれは、ギシン、フォルとモヘンの街に近付くにつれて、より深くなっていくように思える。
話を聞いてみると、どうやらラースドラゴンは経済にも影響を与えているらしい。
ラースドラゴンがいる場所はモヘンと領都であるシナンの間に居座っているらしく、両者の流通が断絶してしまっている影響がかなり大きいようだ。
「俺達がドラゴンを倒したところで劇的に全てが変わるなんてわけにはいかないんだろうけど……少しくらいは、彼らの助けになるといいな」
「ですね! 結局、情けは人のためならずです!」
「……だな。困っている無辜の民を助けるのは、騎士の勤めだ……いや、今の私は騎士ではないのだったか……(ぶつぶつ)」
とりあえずモヘンに入ることができたロンドだったが、彼はふと疑問に思った。
好き放題徴税を行い、傍若無人に振る舞っているらしいグリニッジ侯爵。
領内で見聞きしたその人物像と、ロンドが知っている侯爵の息子であるランディ。
その二人のイメージが、あまりにも違いすぎるような気がしたのだ。
(ランディは……どこまで知っているんだろうか)
マリーを攫ったこと。侯爵領に暮らす領民達の顔色が明るくないこと。
彼はそれら全てを知っていて、なおあんな風に元気に笑っていたのだろうか。
(それもいずれわかること、か。今はそんなことより、ラースドラゴンに関する情報を集めなくっちゃな)
ロンドは気を取り直し、アマンダ達を引き連れてモヘンの冒険者ギルドへと向かうのだった――。




