モヘンへ
ロンド一行は一路、グリニッジ侯爵領であるモヘンを目指す。
道中は当然ながら金がかかるため、通常であれば商人などの護衛依頼を受けて金を稼ぎながら向かうのが冒険者のやり方だが、今回ロンド達は馬車をチャーターし速度を優先することにした。
彼らからすれば、グリニッジ侯爵領は敵地だ。
ロンドやアマンダの情報が漏れたりする可能性は、少なければ少ないだけいい。
なので今回、ロンド達はなるべく人との関わりを極小で済ませながらとにかく進む形を取ることにしたのだ。
領都クライノートから公爵領を横断し、そのままグリニッジ領へ向かうまでには急いでも半月ほど時間がかかる。
公爵領を抜けるのに五日、モヘンまで十日という計算だ。
必要な時間だとわかってはいるのだが、どうにも気が急いてしまう。
だが焦っても仕方がない。
次こそは勝とうと、ロンドは再び毒魔法の研究に勤しむことを決めたのだった。
「のどかですねぇ……ナルの里を思い出します」
公爵領の中を横断している限りでは、特に異変らしい異変が起こっているようには見えない。
アルブレヒトとの激闘やグリニッジとの暗闘が嘘であったかのように、牧歌的な空気が流れている。
キュッテはどうやらこの空気感が好きなようで、終始ご機嫌な様子だった。
それとは対照的に、アマンダとロンドの顔は暗い。
「……(ぶすっ)」
そして特に、御者台で馬を操っているアマンダの機嫌が悪かった。
どうも彼女はマリーが誘拐されたという話をしたにもかかわらず明るいままのキュッテに、苛立っている節がある。
ロンドとしてはそんな二人の間に板挟みになって、正直なところ肩身が狭かった。
なので現実逃避も兼ねて、彼は馬車の中で毒魔法についての研究は日を追うごとに進んでいる。
「街が見えてきたぞ!」
「あれがロンバルトの街ですね!」
「……早く宿を取らなくちゃな」
ロンドはこれ以上アマンダの機嫌を損ねぬよう、それ以上何も言わず、黙って街へと入るのだった――。
既に旅は三日目に入り、今は泊まるのは公爵領のロンバルトという街だ。
御者をして疲れているアマンダは一般的な常識に乏しく、同じく世間知らずなキュッテは耳の形からして目立ちすぎる。
そのため街に立ち寄ってからの人とのやりとりは、基本的にロンドが担当することになっていた。
彼自身そこまでコミュニケーションが得意なわけではないが、もっと苦手な人達の手前、やらざるを得ないのだ。
アルブレヒトの戦いでロンド達は完敗を喫したが、決して全てがマイナスだったわけではなかった。
いやむしろ、自分の先達である系統外魔法の使い手との死闘は、マリーのことさえ抜きにすればプラスの点も多かった。
学ぶところと反省するところはいくつもある。
アルブレヒトとの再戦の際、やはり一番のネックになってくるのはロンドとアルブレヒトの近接戦闘能力の差だ。
たとえロンドが新たな力を手に入れることができたとしても、当てられなければ意味はない。
また、大技の準備を整えるためには相手の攻撃を捌く必要もあるし、高速で動くアルブレヒトに確実に攻撃を当てるためには工夫も必要だ。
そのために現在、ロンドは微毒の改良に努めていた。
「微毒、毒を体内に、魔力は微少……」
魔法において最も重要とされるのは、イメージだ。
具体的にイメージすることが可能ならば、それだけ術を実現させることは容易くなる。
ロンドがイメージを具体化する上で参考にしたのは、当然ながらアルブレヒトである。
アルブレヒトは雷魔法で自らの肉体を活性化させ、高速戦闘を実現させていた。
彼の体格は、アマンダを始めとする公爵家の騎士達と比べれば鍛えられてはいなかった。
にもかかわらずあれだけのパワーとスピードが出せていたということは、その強化効率は相当に高いはずだ。
現在ロンドが試しているのは、あの雷魔法のように己の肉体を毒魔法によって強化させることだ。
使う毒は微毒である。
微毒は己の身体に、わずかな毒を与えることで回復効果を与える。
であればそれの応用で、毒に指向性を加えることで己の肉体を賦活させることができるのではないか。
ロンドは己の身体に微毒を加えながら、肉体に生じる変化を頭の中に入れていく。
「……ダメか。それなら、微毒、毒を体内に、魔力を大量に……」
けれど今のところ、その試みはあまり上手くいっていなかった。
微毒を使っても、魔力を多めに込めてみても、発揮されるのは回復効果ばかり。
色々と思考法を変えたり、アルブレヒトの肉体の周囲に散っていた紫電をイメージしながら魔法を使ったりしても、それがどうにも肉体強化に結びつかない。
「うーん……何が足りないんだろうか」
ロンドが頭を悩ませていると、隣から何やら言い争う声が聞こえてくる。
どうやらアマンダとキュッテが喧嘩をしているらしい。
「……あっちもこっちも、問題だらけだ」
アルブレヒトに勝つためには支援のできるキュッテとオールラウンダーとして戦えるアマンダの連携は必須なのだが、今のところあの二人の仲はすこぶる悪い。
先行き不安だ……とロンドはため息を吐く。
そして二人を仲裁すべく、部屋のドアをノックするのだった――。




