ラースドラゴン
「ラースドラゴン……? 聞いたことがないな」
「ああ、かなり珍しい魔物みたいだ。ほら」
ロンドが指をさす先には、詳しい依頼内容が記された紙がある。
ボードに貼られた依頼書は、文盲である者でもある程度内容が理解できるよう、絵などを用いてわかりやすく描かれていることが多い。
けれどラースドラゴン討伐の依頼書にはそれがない。
どうやらどんな魔物なのかがわからないほどにマイナーな魔物らしい。
「なんでも森の中に棲み着いてしまっているらしい」
「なるほど、もしかしてそれで生態系が壊れちゃっている感じなんでしょうか?」
「キュッテ、正解。森の中に棲んでいる魔物達が追い出される形で街に出てきちゃってるらしい」
それを憂慮した街の代官がそれを退治すべく冒険者に依頼を出したのだが、派遣された冒険者達は全滅してしまったらしい。
その中にはCランク――オークやオーガ程度ならものともしないベテラン達も含まれていた。
そのため次は念を入れる形で、高名なBランクパーティーに討伐の指名依頼を出した。
だが彼らも前回同様、帰ってくることはなかった。
Bランクという一流どころが帰らぬ人となったその結果に流石に警戒した侯爵は現在騎士団を編成し、討伐のための準備をしている最中だという。
「依頼している街は……モヘンか。完全にグリニッジ侯爵領に入る形になるな」
ラースドラゴンの出没が確認されたモルの森。その森からやってきて被害を受けているのはグリニッジ侯爵領であるモヘンの街だ。
いきなりグリニッジ侯爵領に入るのかというアマンダの視線に、ロンドは真っ向から向かい合い、そして頷いた。
「たとえグリニッジ侯爵の領地だろうと、困っている人を見た方が助けるべきです。それに、このラースドラゴンは……俺が強くなるために必要なものを持っている。俺にはそれが、わかるんです」
ロンドの見つめる視線の先――ラースドラゴン討伐の依頼書が、紫色に光を発している。
背中がドクンと脈打ち、思わず顔をしかめる。
己の中に宿る龍が、ラースドラゴンを求めているのは明らかだった。
死に至る病の時と同様、新たな力を得るためには、この魔物を倒さなければならない、ということなのだろう。
ロンドはそっと背中に触れる。
わずかに光る紫龍を見たキュッテは理解を示し、アマンダの方は怪訝そうな顔をした。
「ふむ、あそこの騎士団はとにかく動き出しが遅いからな。恐らく今から全力で向かえば、私達の方が速く魔物に出会えるだろう。それにもしその魔物が強敵だと言うのなら、侯爵家の騎士団で倒せるかどうかは非常に怪しいところだ」
グリニッジ侯爵の騎士団は、数ある騎士団の中でも悪い意味で有名らしい。
練度もかなり低く、志気もまったく高くない。
ラースドラゴンがどれだけ強いのかは未知数だが少なくともBランク……下手をすればAランクに届くだけの強さがあるはずだ。
そんな魔物を倒せるはずがない、このままではモヘンの街の人に危害が及ぶと言い切ってから、アマンダは己の豊かな胸を叩いた。
「王国に暮らす民を守ることこそ騎士が使命。今や騎士の位は返上しているが……それでも無辜の民を魔物ごときに傷つけさせるわけにはいかない」
乗り気な様子のアマンダを見てから、キュッテもこくりと首を縦に振る。
「私一人だと無理だと思いますけど、ロンドさんと力を合わせればきっとできると思います。微力ながら、お手伝いができればと思いますよ」
こうしてロンド達はラースドラゴン討伐へと動き出すことにした。
当然ながらアマンダとキュッテはランクが足りないため、以前ロンドがやっていたのと同様依頼は受注せずに、直接現地へ向かうのだった――。




