依頼
マリー奪還のためには、グリニッジ侯爵家に関する情報が必要だ。
屋敷から直接連れ出すにせよ、どこかに出た瞬間を狙うにせよ、侯爵家でのマリーの情報がなければ難しい。
それらを集めるには、侯爵領である街へ向かうのが手っ取り早い。
というわけでロンドはアマンダと共に、グリニッジ侯爵家の領都であるグリニデを目指すことにした。
ただやはり最も重要な問題は、恐らく今もなおマリーを監視しているであろう、アルブレヒトをどうやって倒すかということだ。
あの雷魔法の使い手は、現状ロンドとアマンダが二対一で戦っても圧倒できるだけの実力を持っている。
アルブレヒトを倒すためにはロンドもアマンダも己の実力を伸ばし、並行してアルブレヒトへの対策を考える必要がある。
己の実力不足を痛感した二人は、道中でもなるべく戦闘経験を積もうと、魔物を討伐しながら向かうことにした。
そのためにはアマンダの冒険者登録から行おうと、二人はクライノートの冒険者ギルドへと向かうのだった――。
「ふむふむ……」
驚いたことに、彼女は今まで冒険者になったことはなかった。
アマンダはふむふむと頷きながら、受付嬢が話しているギルドの規則について耳を傾けている。
ギルドは会則や規則が多く、覚えても実際に使うかどうか疑問に思える細則も多い。
なので基本的には聞き流す者なのだが、アマンダはそれら全てを傾聴した上、確認のためにいくつか質問までしていた。
物怖じしている様子もなく堂々としているアマンダを見て、問題なさそうだと思ったロンドは、とりあえず依頼の張られているボードを眺めてみる。
基本的に依頼の張り替えが行われるのが朝だ。
冒険者達がめぼしい依頼を取ってからしばらく経っているため、残された依頼は少なかった。恐らく割が悪かったり、依頼の達成が困難だったりするのだろう。
僻地でのゴブリンやオークの討伐依頼は、依頼額はこちらと大差がなかった。恐らく大真面目に依頼を受けたら、移動費と相殺されてほとんど残らないだろう。
ペラペラとめくっていくと、ボードの裏の方には古びた紙がいくつも連なっていた。
恐らく誰かが受注をすることもなくしばらく放置されていた、塩漬け依頼が溜まっているのだろう。
その中のいくつかに目を通していく。
サラマンダーの親子の討伐、強力な魔物が住みついてしまった鉄鉱山の地質調査などなど……かなり難易度の高そうな依頼がいくつも並んでいた。
「……これは?」
カタログを見る感覚でざっくりと見ていたロンドだったが、彼の手はとあるページで止まった。
そこに記されている魔物を見た瞬間、背中が急に熱を帯びたのだ。
ロンドはこの熱さに覚えがあった。
(似ている……グレッグベアを前にした時のあの時と)
一体あの熱さはなんだったのか。
背中に宿る龍と関係があるのは間違いないのだが……。
「ロンドさん、お久しぶりですっ!」
「おお、キュッテか、元気にしてたか?」
「ロンドさんこそ!」
声をかけられ振り向いてみれば、そこには以前より冒険者ライクな格好をしているキュッテの姿があった。
以前はエルフの狩人といった装いでかなりの軽装だったが、今ではレザーの装甲を各所に着けて、動きやすさを阻害しない範囲で防御を固めているように見える。
「もしかしてロンドさんも冒険者に戻るんですか? なーんちゃって……」
「うん、実はそうなんだよ」
「ええっ!?」
「いや、なんで予想を当てたキュッテが一番驚いてるんだよ」
現在、マリーは以前の体調の悪化がぶり返したということになっており、誘拐された事実は領内では伝えられてはいない。
そのためロンドは詳しい話をぼかしながら、とりあえず休暇をもらったとだけ伝えることにした。
キュッテには真実を話しても構わないのだが、耳目のあるところで話すわけにもいかない。
「それなら一緒に依頼を受けませんか?」
「ああ、一応東へ向かうつもりなんだが構わないか?」
「いいですよ、まだあまりここを離れたことはないので、むしろもってこいです」
「ロンド、お前……私がちょっと目を離した隙にエルフの女を口説くとはな。そんな軟派な男だとは思っていなかったぞ」
「いや、ちょっと待ってくださいアマンダさん! 誤解、誤解なんです!」
いつの間にか帰ってきていたアマンダの誤解を解いてから、キュッテとの顔合わせをしてもらう。
初めて顔を合わせることになったアマンダは「お嬢様を助けてもらい礼を言う」と頭を下げてから、軽く自己紹介をした。
とりあえず場の雰囲気が和らいだのを確認してから、ロンドは再度ボードに貼られた一つの塩漬け依頼を見る。
「アマンダs……アマンダ、キュッテ。もし良ければこいつ……このラースドラゴンの討伐、やってみないか?」




