ただの
マリーの救出――そのために必要になってくるものは多い。
まず始めに前提条件の確認からしていこう。
現在、マリーの父親であるアナスタジア公爵では身動きが取れない状況にある。
グリニッジ侯爵を追い詰める算段もつけており、他の上級貴族への根回しをしている最中だったが、侯爵の強攻策によるマリーという玉を握られてしまったからだ。
こうなった異常、家族愛の強い公爵は動くことができない。
故にまず最初にロンドが採った選択は――。
「そうか……決意は固いのか?」
「はい。食客が一人抜けた――そういうことにすれば、波風は立たないかと思われます」
「……たしかに、正式な護衛に引き上げてからそれほど日も経っていない。ロンドを食客と言い張ることは不可能ではないか……」
護衛職を辞し、公爵邸を後にすることだった。
ここで働き続ける限り、ロンドは公爵家の人間と見られてしまう。
故にマリーにもしものことが起きると考えれば、そう大胆な手は打てなくなってしまう。
だからこそロンドは大胆な手を打つことにした。
これでもしロンドが何かをしたとしても、公爵に追求の手が伸びる可能性は低くなるはずだ。
「だが……一気に寂しくなるな」
「公爵」
「どうした、ロンド?」
「一体どの口で言うんだと思われるかもしれませんが……安心して下さい」
ロンドは辞表を提出してから、公爵の私室のドアに手をかける。
そして振り向きながら告げた。
「マリー様は……俺が取り戻してみせます」
「ロンド……」
「たとえ俺の……命に替えても」
「……頼む」
ロンドは笑って、この場を去る。
後には拳を握り、苦しそうな顔をする公爵がその場に残ったのだった――。
ロンドはこの屋敷で働く使用人から、あまり快く思われていなかった。
ぽっとでの男がマリーのお気に入りになっていたのだから、たしかに使用人としてもあまり気持ちのいいものではないだろう。
おかげでロンドが明らかに身支度をしていても、使用人には声をかけられなかった。
(下手に引き止められて後ろ髪を引かれなかったと、プラスに捉えることにしよう)
持ち前のポジティブシンキングで屋敷の中を歩いて行くロンド。
目を少しだけ潤ませながら、一歩一歩踏みしめるように前に進む。
部屋を見る度、窓の外の風景を見る度、ここで暮らしてきた日々の思い出が蘇る。
――短くも濃密な日々。
幽閉されていた頃よりずっと短い期間だったというのに、今ではこちらの方が強く鮮明に記憶に残っているほどだ。
「戻ってこなくちゃな……」
「その通りだ、ロンド」
「――えっ?」
グッと拳を握りながら呟いた独り言に声があり、思わず顔を上げるロンド。
そこにいたのは、いつもの全身鎧ではなく身軽そうな革鎧に身を包むアマンダの姿だった。
「なんでアマンダさんが……」
「騎士を辞めてきたからだ」
「――はああああっっ!?」
「お嬢様を守れなかった今の私は、騎士失格だ。故に騎士としての爵位を返すことにした」
「め、めちゃくちゃだ……」
「無論、お嬢様を取り返すまでだ。故に私は今はもう、アマンダ・マグナリアではない。旅の魔法剣士アマンダだ。今後は呼び捨てで構わないぞ」
驚き呆れるロンドの隣を、さも当然といった感じで歩き出す。
こうしてロンドは、予想外の同行者を引き連れて、マリー奪還のために動き出すのだった――。