後ろ盾
「公爵令嬢を殺すために、どんだけエグい毒持ってきてるんだ……」
目が覚めた時、ロンドは思わずそう呟かずにはいられなかった。
彼が舐めた毒は、国内では数年に一度しか発見例のない龍種のものだった。
龍は冒険者の討伐難易度が決められておらず、未だ討伐例のない特殊な魔物だ。
そんな魔物の毒の威力は……ロンドが得た力を見れば、どれだけ規格外なものかがわかる。
今回はロンドも規格外だったので助かったが……たしかにこれほどの毒を使われれば、公爵家といえど治すことは不可能だろう。
色々と知りたいこともわからないこともあるが……とりあえず今はすぐにでも、この力を公爵令嬢のために使わなくてはならない。
ゆっくりと立ち上がると、全身がバキバキになっている。
服を見れば自分の物ではないローブに着替えさせられており、髪を触れば脂で大分ベトベトしている。
どう考えても、数日は寝込んでいそうだ。
「いったいどんだけ寝てたんだ俺……っとと、身体もふらつくし」
かなりの衰弱状態にもかかわらず、ロンドは嬉しそうな顔をしてゆっくりと部屋を出る。
そして外で待っていたらしい兵士に事情を説明し、マリーの下へ案内してもらうことにした。
ぶっつけ本番で龍の解毒を行い、なんとか生き残れた安堵。
それによって大量に手に入れた、新たな力への信頼。
そしてこれで公爵令嬢を治してやれるという自信。
ロンドにはもう、何一つ不安はなくなっていた―――。
「ずいぶんと長い時間眠っていたな」
「はい、なんでも三日ほど寝込んでいたらしく……すいません、毒が思っていたよりもずっと強力だったので」
「解毒はできるのか?」
「できます、問題なく」
「そうか」
それだけ言うと、公爵は黙ってしまう。
今ロンドは公爵と共に、マリーの部屋の前までやって来ている。
一体目の前の人物が何を考えているのか、ロンドにはわからない。
「毒のスペシャリストの君で無理なら、私にも諦めがつく。とりあえず、思う存分やってみてくれ」
「はい、期待して待っていてくれて結構です」
「何かあれば容赦なく魔法を打ち込むから、そのつもりで」
「はは……心しておきます」
公爵の親馬鹿具合に笑顔をひきつらせていると、ノブを回された扉が開いていく。
ドアの向こうには、天蓋付きの豪奢なベッドがあった。
公爵の後ろから、ゆっくりとついていく。
そしてベッドの脇にやって来ると、ようやくマリー姫の姿が見えた。
もう長いこと眠っているとは思えぬほどに、美しい。
眠り姫、という言葉が似合う姿だ。
長い睫、スラッとした体つき、白魚のような指。
ただし毒に冒されているせいか、肌は青白かった。
髪は定期的に手入れがなされているのか、ロンドのそれとは違い全く汚れていない。
着ているのは漆黒のドレスで、それが肌の色をいっそう際立たせている。
「では、失礼致します」
ロンドは前に出た。
後ろからひしひしと感じる公爵の強い視線を受けながら、意識を集中させる。
新たに手に入れた力が、目の前のマリー嬢の状態を明らかにする。
マリー
鷲型紋章(風魔法)
健康状態 毒(龍毒《弱毒化》)
HP 5/43
今、マリーの全身は淡いオレンジ色の光によって覆われている。
間違いなく、持続型の回復魔法をかけられているのだろう。
しかしそれでも彼女のHP――つまり生物としての生命力がかなり減じている。
このままいけばそう遠くないうちに、マリーは死ぬことになるはずだ。
(けれど……そうはさせない)
意識を失う前、ロンドは毒魔法のイロハもほとんど知らなかった。
しかし今は違う。
龍毒を取り込んだロンドは、龍の毒魔法を操ることができるようになっている。
それは在野のあらゆる毒を、自在に操ることに等しかった。
あのナイフに塗られていたのは、紫龍と呼ばれる龍種のポイズンブレスと呼ばれる特殊な魔法攻撃による毒である。
解毒が可能なのは紫龍のみであり、解毒薬の作成は事実上不可能である。
だが今回の場合、毒自体がブレスとして発射されたあとしばらくしてから採取されているのが助かった。
少し弱毒化していたらしく、今のロンドでも対処は可能そうだ。
一般的にこのような毒を解毒する方法は超高度な回復魔法を使うか、力業で毒を身体から抜くかのどちらかだ。
だが少なくともそれができるのは、龍種クラスに魔法を使いこなせる人物か、毒が抜けきるまでの数十年衰弱し続けても生き延びられる化け物のようなタフネスが必要だ。
だがロンドはその一般の範疇には入っていない。
手を翳し、意識を集中させる。
使う魔力は多く、発動までには時間がかかる。
しかしやることの要領は、ロンドが最初に飲んだ衰弱毒の時と変わらない。
十分に――解毒はできる。
「……すぅっ」
大きく息を吸って、吐く。
魔法にはそれぞれ構文と呼ばれる、発動に至るまでに必要な行程が存在している。
毒魔法における構文は、使う毒の内容・発動する魔法の形状・注ぎ込む魔力。
魔法に込める毒の内容により基本消費する魔力量が決まり、そこから追加で魔力を注入することで毒を強めたり、持続力を上げたりすることができるようになる。
対をなす解毒の場合はその逆で、解毒する毒の内容によって魔力量が決まる。
そして更に注入する魔力量によって、解毒までの速度や解毒成功の可能性が上がっていく。
自分の持つ魔力をドンドンと込めていくと、手のひらから光があふれ出してきた。
内側に黒、外側に紫というおどろおどろしいオーラのようなものが、ロンドの腕を覆っている。
龍毒を消し去るための解毒を行おうとするだけで、既に自分の持つ魔力の半分以上の量が必要だった。
そこに解毒の効力を高めるよう魔力を注入すれば、自分の魔力はほとんど空になってしまうだろう。
だがこの解毒が万一失敗した場合、自分に二度目のチャンスは訪れないかもしれない。
ここを乾坤一擲の場と定めているロンドは、躊躇せずに自身の魔力をありったけ注ぎ込み術式を完成させた。
強力な毒を治す際には、直接手を触れて魔法をかける必要がある。
ロンドはマリーの真っ白な手に触れた。
公爵の許可を取るだけの余裕は、今の彼にはない。
「ニュートラライズポイズン」
今回ロンドが使う解毒の毒魔法は、その名をニュートラライズポイズンという。
聖魔法のリムーブポイズンのように毒を身体から消し去るのではなく、体内にある毒を中和する形で新たな毒を入れる魔法だ。
ロンドはこれを二つの強力な魔法をぶつけ合い、その威力を相殺するようなものだと思っている。
黒々とした光が部屋中を満たす。
そして一瞬のうちに消え、後には変わらず室内に居る三人の姿だけが残った。
ガタン、後ろから何かの物音が聞こえてくる。
だがロンドは振り返る気力も残っていない。
膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとかこらえる。
明らかに魔力欠乏症の症状だった。
彼は片膝を地面につけながら、横たわるマリーの顔を見つめる。
健康状態は……良好に変わってる。
よし、問題なく治せたみたいだな。
ホッと一息ついてから立ち上がると、気付けば公爵がすぐ隣にいた。
ロンドが離したマリーの手を、両手でがっしりと握っている。
その目にはもう、ロンドのことなど入ってはいなかった。
じっと見つめているのは、明らかに先ほどまでよりも血色の良くなったマリーの姿。
青白かった頬には赤みが差し、不規則だった呼吸は眠っているときのように、一定のリズムを刻んでいる。
容態に変化があったことは、一目瞭然であった。
「……ん」
ゆっくりと、赤子が初めて外の世界に触れる瞬間のように、一人の少女が目を覚ます。
ぼーっと、ここがどこかも分からない様子だった。
彼女はまず自分の父を見て、次にロンドを見て、最後にもう一度父の姿を見た。
「お、とう、さま……?」
「マリー……マリー! 本当に、本当に良かった!」
親子の感動の再会の場面を、邪魔するのは忍びない。
ロンドはゆっくりと後退し、部屋の隅の方で二人の再会に水を差さぬようにじっと待つのだった――。
こうしてロンドは無事公爵令嬢マリーを治すことに成功する。
そして龍が操る毒魔法を手に入れ、公爵の後ろ盾を手に入れることができたのだ――。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
「応援してるよ!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、しんこの更新の原動力になります!
よろしくお願いします!