研磨
「はあっ、はあっ……」
ポイズンドラゴンに大量の魔力を注ぎ込んだロンドは、荒い呼吸を繰り返してから、ガクリと膝をつく。
すぐ側には、自分より酷い怪我を負っているアマンダの姿があった。
自爆特攻をして、至近距離から自分の魔法を食らったことで、彼女の着ている鎧は熱と衝撃で大きく凹み、曲がってしまっていた。
「やったか……?」
ポイズンドラゴンを当てる間際、雷光が走ったのは見えた。
ただ、ポイズンドラゴンとぶつかるようなことはなかった。
あの位置取りからして、攻撃は間違いなく直撃しているはず。
アマンダが回復の魔法石を使い、傷を癒やす。
二人が並び、その後ろにマリーがやってきたところで煙が晴れた。
「ふう……危ないところだった」
「おいおい……冗談だろ……」
髪をかき上げるアルブレヒト。
その身体には、擦り傷を除けばほとんど傷がなかった。
(アマンダさんと同様、魔法石を使って治したのか?)
――いや、違う。
ロンドは自分が出した答えを、すぐさま否定する。
アルブレヒトのローブは既に剥げている。
彼が下に着込んでいるのは、見ているだけで視力が下がりそうなほどにけばけばしい極彩色の上下だ。
だがその下に着込んでいるケバケバしい衣服は、まったくと言っていいほど乱れがない。
毒を食らい溶けた様子がないのだ。
まず間違いなく直撃はしていないはずだ。
(だが防御魔法を使ったような気配はない、一体どうやって……)
「雷魔法による加速、か?」
「ご名答」
アルブレヒトはピンと人差し指を立てた。
そこに雷が生まれ、小さな龍の形を取った。
小さな龍は二人の方を睨みながら、バチバチと大気を震わせる。
体調が万全には程遠そうなアマンダが、歯を食いしばり立ち上がりながらメイスを構える。 魔法石を使い傷は治っているはずなのだが、調子が悪そうだ。
彼女は先ほど雷を纏わせた拳を食らった。
どうやら近距離でも遠距離同様、相手の動きを鈍らせる力があるらしい。
肉体の強化
正解を導き出せた生徒を誉める教師のように、アルブレヒトはパチパチと手を叩いた。
そして次の瞬間、その姿を消した。
「だが君は泥臭すぎる。端的に言って――」
気を抜いたつもりはなかった。
だがアマンダは気付いた時には、既にアルブレヒトの姿を見失っていた。
どこにいるかわかった時には、もう遅い。
アルブレヒトは空中におり、今度は足に雷を纏わせている。
宙から飛んでくる踵落としが、アマンダに容赦なく襲いかかる。
「――美しくない」
「あ、ぐ……」
アマンダはそのまま地面に叩きつけられる。
床が大きく凹み、彼女はそのままぐったりと倒れ込み、起き上がらない。
完全に意識を失っていた。
今の自分が戦っても、黒星の方が圧倒的に多いアマンダが。
たったの一撃で沈んだ。
――勝てない。
ロンドは悟った。
だが悟ったところで、何一つ現状は変わらない。
アマンダが消えたことで戦力は半減したと言っていい。
状況は以前にも増して、絶望的なものに変わりつつある。
キュッと、ロンドの執事服が握られる。
不安そうなマリーの顔が横目に見えた。
逃げるわけには、いかない。
「さて、僕が興味を持つのは君の方だよ――ロンド君」
「どうして、俺の名前を?」
「何、気に入った人の名前は覚えているだけだよ。系統外魔法の使い手……それも毒魔法とはね。激レアも激レアだ。できることなら、後ろのお姫様ではなく君を連れて行きたいくらいだよ。……ふむ、ふとした思いつきだったけど、それも悪くないか……?」
思案げな様子のアルブレヒトは、そのまま顎に手をやり、真剣に考え出す。
彼はグリニッジ侯爵の命でマリーを誘拐するためにやってきたはずだが、どうやらロンドとマリーのどちらを連れていくかで揺れているらしい。
意味がわからない狂人だ。
まともに話し合いができる相手ではなさそうである。
マリーの身代わりになれるならそれならそれで構わないが……交渉ができる相手とも思えない。
「どちらにしても、殺すには惜しいな。青い果実を収穫するのは素人のすることさ」
「今やらなくて、いいのか? 次に戦ったらその時は――俺が勝つぞ」
「ふふ……やれるものならやってみなよ。それなら、僕も――」
腹部に衝撃。
気付けばロンドは殴り飛ばされていた。
壁にめり込むロンドの頭上から、パラパラと漆喰が落ちてくる。
「素材はいいけど……研ぎ出しが足りていない。ロンド君、そんな君に一つ忠告をしよう。甘さは毒だよ。優しさや思いやりは、研磨の邪魔にしかならない。僕に勝ちたいのなら……チッ、目障りだよ、君」
「ぐああっっ!」
舌打ちをしたアルブレヒトの指先から、極小のビームが飛ぶ。
光線が向かう先はロンドとは正反対の方角だ。
そこに居たのは――意識を取り戻し、立ち上がっていたアマンダだった。
彼女は光線に射貫かれ、今度こそ完全に沈黙する。
ロンドも抵抗しようとしたが……身体が上手く動かず、まともに魔法を使うこともできなかった。
どうやら雷魔法には、相手の魔法の発動を阻害する力もあるようだ。
「ちくしょう……」
再度の一撃に、ロンドは意識を失う。
そして次に目を覚ました時には、愛する人は、その姿を消していた――。
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