襲撃
「ふむ、ここが公爵邸か……歴史の重みよりも古くささが勝つかな」
アナスタジア公爵邸に、突然の来客があった。
いや、突然という言い方は正確ではないかもしれない。
なぜならそれが『誰』であるかはわからないとはいえ、いつか来客がやって来ること自体は、想定されていたからだ。
「そこで止まれッ!」
屋敷の正面玄関へと続く通用門。
常に騎士が門番を務めている物々しい警備へと近付いていくのは、顔をフードで隠したローブの男だ。
ただ、男には己の存在を隠そうというつもりがないらしい。
着ているのはローブはあまりにもビビッドな赤色をしており、吐いているのは厚底のブーツだ。
フードを深く被っているせいでその顔の全貌は見えないが、その口許は三日月の弧を描くように、笑みを浮かべていた。
男は警備の声に耳を傾けることなく、前に進み始める。
「貴様何者だッ! それ以上の接近するようなら――」
「僕が何者か? ふふふ、そんなの決まってるだろう――」
男が右手の人差し指を、騎士達へと向けた。
チチチと鳥の羽ばたくような音が聞こえ、騎士達は剣を構える。
それを見た男は……つまらなそうに顔を引き結ぶ。
「遅いよ」
ドゴオオオオオンッ!!
瞬間、轟音が屋敷を揺らす。
騎士達が意識を保てたのは、爆音が自分達の耳に届いてきた、瞬間までだった。
「あ……」
「が……」
バタリ、と思い切り倒れ込む二人。
音の大きさから、屋敷の中がにわかに騒がしくなるのが聞こえてくる。
「この屋敷は趣味じゃないし、依頼内容も趣味じゃない。ないない尽くしの任務のどこかに……美しさがあることを願おうか」
男が屋敷の中へと足を踏み入れるのと、屋敷に設置された鐘が響いたのはほとんど同時だった。
屋敷獣に居る皆がその意味を理解し、顔を引き締める。
ある者は駆け出し、ある者は震えながら、事前に言われていた配置へと急ぐ。
屋敷に響く鐘の音は――侵入者がやってきた合図だ。
グリニッジ侯爵が放った刺客は……誰もが予想していなかった、正面突破で屋敷への侵入を果たす。
「とうとう来たか……」
「にしても、まさか正面から来るなんて……後から問題にならないんですかね?」
「向こうもなりふり構っていない、ということだろうな」
侵入者があった時、ロンドとアマンダは何よりもマリーの近くにいることを求められている。
二人は事前の想定通り、マリーの部屋の中へ入り侵入に備えている。
ちなみに現在、屋敷にアナスタジア公爵と、公爵家の騎士団長がいない。
王に呼び出された彼らは、公務のため屋敷を開けていた。
このタイミングでの襲撃となると、恐らくは事前に襲うべきタイミングを見計らっていたのだろう。
遠くからは、剣戟の音と魔法の弾ける音が聞こえてくる。
爆発音のような轟音が、断続的に鳴り、屋敷を揺らしていた。
これだけ音が出るとなると、恐らくは火魔法の使い手だろう。
「……」
ロンドとアマンダが扉の方を凝視している間、マリーは何も言わず、ただジッと二人の背中を見つめていた。
その視線に気付いたロンドが、振り返ってマリーの手を握る。
「あ、ありがとうございます、ロンド……」
恐怖と緊張からくる震えは、すぐに収まる。
けれどマリーはすぐに気付いた。
自分と同じように、ロンドの手も震えていたことに。
彼女はそっと覆うように、ロンドの手を包み込む。
ロンドの手も震え、二人はお互い見つめ合い、そして小さく笑い合った。
「んんっ!」
アマンダの声に二人は慌てて距離を取る。
ロンドはアマンダの少し後ろに並び、侵入者に備えることにした。
「鐘の音は一回……つまり襲撃者は、たった一人で屋敷に入ってきた」
「よほどの自信家か、それとも……」
ドゴオオオオンッッ!!
大きな音を鳴らしながら、扉が蹴破られる。
「よっぽどの実力者、ってことだよ」
「「「――っ!?」」」
破裂音と共に、ドアがロンド達目掛けて飛んでくる。
アマンダが手に持っていたメイスを使い、ドアを地面へと叩きつけた。
「――貴様は、あの時の……」
アマンダの見つめる先にいるのは、戦闘の余波でローブがはだけ、顔が露わになった男の姿があった。
剣呑な細い目は、どこか狂気を感じさせるほどに爛々と輝いている。
全身には返り血を浴びており、どこか焦げ臭い匂いが漂ってきている。
ここまで来られたということは、警護のために揃えていたはずの騎士達がやられたということだ。
ロンドは相手の状態を確認し……思わずごくりと唾を飲み込んだ。
アルブレヒト
健康状態 良好
HP ???/???
今まで一度として通らなかったことのないステータスの確認が弾かれ――HPを確認することができなかったからだ。