とある休日
マリーの護衛は、公爵家の騎士団員達によるローテーションが組まれている。
基本的に担当するのは同性であり着替えや厠にも同行できるアマンダだが、基本的にホワイトである公爵家騎士団員にはしっかりと休みがあるのだ。
非番でありすることもなく休んでいるアマンダ。
彼女は同じく暇を持て余していたロンドと一緒に、久しぶりに二人で屋敷の裏庭にあるベンチに腰掛けていた。
ゆっくりとした時間が流れていく。
空は青く晴れ晴れとしているが、対照的に二人の顔はまったくと言っていいほど晴れやかではなかった。
「しかし……休めと言われるとすることがないな……」
「……その気持ちはわかります」
本日は練兵場も騎士団の調練のために使われており、二人が羽目を外して暴れるようなこともできない。
アマンダは休日返上で兵士達と混じり訓練をしようかとも思ったのだが、流石にマリーに止められてしまっていた。
『私を大切にしてもらえるのは嬉しいですけど、休みをもらった日はしっかりと休まないと。気を抜く場所でちゃんと心を休めておかないと、いざという時に本気も出せないですよ?』
そう言われては、アマンダとしても休まざるを得ない。
というわけで彼女は今、久方ぶりに何もせずに休んでいた。
彼女にしては珍しく、筋トレや素振りすらもしない、文字通りの完全な休日だ。
ただ、休みと言うのは彼女にとって訓練時間外の自己鍛錬と同義だった。
何事も全力な彼女は全力で休もうとしているのだが、なかなか上手くいかない。
そもそも全力で休むとはなんなのか。
全力で休んでいては、それはもう休みではないのではないか。
そんな哲学的な問いすら頭に浮かべながら、アマンダはああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返し……結果としてぼうっと外を眺めていた。
彼女の感覚には覚えがあったので、同じく休みであるロンドもアマンダと行動を共にしている。
休み方に悩んできたのは、ロンドも同じだ。
二人とも、なかなかなワーカホリックっぷりだった。
「アマンダさんは、何か趣味とかないんですか?」
「趣味か……やはり一番は鍛錬だな」
それは趣味なんだろうかと思うが、口には出さなかった。
実益や本業に関わってくる趣味をするのは、ままあることだ。
「それこそ、こういう時にできるようなやつはないんでしょうか」
「家中でできる暇つぶしか……改めて考えてみると、ないな」
あまりマリーから離れるわけにもいかないため、二人はマリーと共に出掛ける時以外であまり外出をしない。
なので自然、二人は屋敷の中で過ごす時間が長くなっていた。
となると、今後のことを考えれば家の中でできる趣味の一つや二つ見つけた方がいいかもしれない。
ぼうっとし続けるのも苦痛なので、二人で案を出し合うのも一興だろう。
「パッと思いつくのだと、コレクションとかですかね」
「たしかにうちの騎士団員にも、硬貨を集めているやつはいるな」
物を集めるのは、家の中でできる趣味の中でもかなりポピュラーな部類だろう。
だが考えると、物を買い集めるには外に出なければならないので、この案はすぐ却下になった。
「だとしたら裁縫とか、編み物とか……」
「そんな器用なことが、私にできると思うか?」
アマンダはかなり大雑把な性格をしており、とにかく手間のかかるものを好まない。
細かな作業は従士任せなことも多く、見た目にもまったく気を遣っていない。
それでこの美貌を保てているのは素直にすごいと、ロンドは密かに思っていたりする。
「それならトイズでもやるか?」
「盤上遊戯ですか……自分、一度もやったことないんですよね」
「そこまで難しくないぞ。兵士の運用と基本が同じだからな」
トイズというのは、ユグディア王国ではわりとポピュラーな盤上遊戯である。
自室にあるトイズを取ってきてもらい、とりあえずやってみることにした。
アマンダが言っている通り、ルール自体はシンプルだ。
騎兵や魔法兵、歩兵や重騎士などの動き方の違う様々な兵科を使い分け、相手の国王を倒した方が勝ち。
ただ動かすだけならロンドにもできるが、相手の動きも想像するとなると一気に難易度が跳ね上がる。
三回ほどやってみたが、ロンドはどれも為す術なくやられてしまった。
「難しいですね……」
「相手の動きを考えるのはとにかく頭を使うからな。不確定要素も多いから、こちらが予想しないような一手を打ってくることも多い」
「なるほど……」
「トイズの考え方は、そのまま現実世界にも応用できる。相手が何をしてくるかわからない以上、こちら側は堅実に最善手を打ち続けるしかないというわけだな」
アマンダが示唆しているのは、現在の公爵家の状況のことだ。
彼女の話を聞いて、ロンドは笑った。
不服そうな顔をされたので頭を下げて謝ってから、
「やっぱりアマンダさんといると、仕事の話になっちゃいますね」
「……ふむ、たしかにそうだな」
ロンドに釣られて、アマンダが微笑む。
普段は凜とした様子を崩さない彼女の素朴な笑みを見て、ロンドはそんな顔もできるのかと目を丸くする。
どうやら自分達の休日は、休みながら仕事のことを考えるくらいでちょうどいいらしい。
そんな風に思いながらもアマンダと一日を過ごすロンドであった。




