らしく
嵐のようなランディの襲来はあったものの、それ以降は特に何かが起こるようなこともなく。ロンドはゆったりとした日々を過ごしていた。
けれどその間も、情勢は日々動いている。
(本当に内戦が起こるんだろうか……)
今のところ、内戦の予兆はない。
食料の備蓄が進められて麦の値段が上がったり、武器の確保のために鉄の値段が上がったりもしていない。
だがロンドは屋敷の中の空気がにわかに殺気立っているのを日々感じていた。
公爵が数日帰ってこないこともザラにあったし、見たことがない騎士団の団員達も度々屋敷に出入りしているのを目撃している。
(……俺って、蚊帳の外だよな)
ロンドの立場は護衛だ。
故にマリーのことを守ることがその使命であり、それ以上のことに口出しすべき立場にない。
雇い主であるアナスタジア公爵も、ロンドがあまり深い部分に首を突っ込むことを好んでいない節がある。
今まではそれでいいと思っていた。
ロンドは世の中には知らない方がいいこともあると、実の父から教えられたからだ。
けれどこうして、少し落ち着いて考えてみると、やはり思うこともある。
何も知る立場にない自分が、果たして本当にマリーを守ることができるんだろうか。
(……いかんいかん、また良くない方向にいってるぞ。やっぱり暇だと、余計なこと考えちゃうんだよな)
ずっとマリーの側についていては疲れるだろうということで、ロンドは今日一日、丸々休暇をもらっている。
ただ、いきなりそんなことを言われても特にすることもない。
ロンドはとりあえず、気分転換も兼ねて屋敷を出てみることにした。
「……という感じですかね」
「なるほどな」
折角の休日なのだからと、ロンドはキュッテに会いに行くことにした。
幸い彼女も休日だったらしく、酒場に行けばすぐに見つけることができた。
とりあえず暇になると酒場に行く冒険者の流儀に、キュッテも染まってきているようだ。 人間の生活様式にも慣れてきているようで何よりだ。
「しかしもうDランクまで上がったのか、早いな」
「ロンドさんはCランクでしたっけ?」
「いや、依頼を受けずに討伐をこなしてただけだから、俺はまだEランクだぞ」
「それなら私の方が上ですね」
「先を行かれてしまったなぁ」
ロンドはそこまで本腰を入れて冒険者としての活動を頑張っていたわけではない。
毒魔法の使い勝手を試しながら強くなるためになるのに手っ取り早かったから、魔物と戦いまくっていただけで、ランクを上げようと依頼をこなしたことはほとんどない。
マリーの護衛に専念するようになってからはほとんど魔物を狩りに行くこともなくなったので、ロンドのランクは冒険者を始めた時のEランクのままなのだ。
「ロンドさんの方はどうなんですか?」
「どうって……何が?」
「何か問題が起きたりとか」
問題は特に起こっていない。
そう……何も。
なぜなら起こっている問題は全て、ロンドの頭上で行われているからだ。
「俺は何もできてないな。というか、何もしない方がいいと思ってる」
「ロンドさんらしくないですね?」
「俺、らしく?」
「私はロンドのことを、問題があればそれにとりあえず首を突っ込もうとするお人好しだと認識しています」
「ひどい言われようだ」
気になっていることはいくつもある。
グリニッジ侯爵家とアナスタジア公爵家の仲違いの理由。
ランディとマリーの婚約の如何。
そしてマリーが果たして今後、どのような立場にいるのか。
知ったところで何もできないのなら、知らないままでいた方がいい。
ロンドはそう自分に言い聞かせていた。
「ロンドさんはやられそうになっている私を助けてくれました。そして私達だけでは倒せなかったグレッグベアを、一緒に戦って倒してくれました」
キュッテは机の上に握られているロンドの手をそっと包み込み、儚げに笑った。
喧噪がどこか遠いことのように聞こえてくる。
今この世界に登場人物は、ロンドとキュッテの二人しかいなかった。
「だからロンドさんはもっと、自分が思った通りに進んでいいんだと思います」
「思った、通りに……」
「はい、ロンドさんならきっと上手くやれるはずです」
それは何の根拠もない信頼だ。
キュッテはロンドのことをただただ、真っ直ぐに見つめていた。
ロンドが今までの人生で、誰からも受けたことのないような、純粋な好意。
気付けばロンドは、立ち上がっていた。
そしてなんて単純なんだと笑いながら、
「ありがとうキュッテ。早速だけど……俺、今から行ってくるよ」
「――はいっ! それでこそロンドさんです!」
ロンドはそのまま、屋敷へと走っていった。
キュッテはその背中を、潤んだ瞳で見つめる。
そしてロンドを追うようにして立ち上がり、店を後にしようとした。
「きゃっ!?」
店の入り口で、人とぶつかるキュッテ。
相手はかなり派手なコートを羽織った男だった。
見たことがないほどサイケデリックに原色を散りばめたコートは、目がチカチカするほどに人の目を引く。
「す、すみませんっ!」
「おっと失礼」
相手の方に謝ってからキュッテも魔法の特訓をすべく広場へ向かおうとする。
チカチカッとキュッテの視界の端に、光る何かが映った気がした。
(今のは、精霊……? ……いや、コートが派手すぎて光って見えただけか)
キュッテは若干違和感を感じながらも、先へ進む。
ぶつかった男は、キュッテの背中をジッと見つめていた。
そして舌なめずりをしながら、胸に手を当てだした。
「エルフ……実物を見るのは初めてだが、なんと美しい……」
独り言を話し出した男は、周囲の視線を気にすることなくブルブルと全身を震わせる。
「世界はまだまだ僕の知らない、未知なる美しさに溢れている!」
目をガン開きにしながら、天を仰ぐ男。
酔っ払いの戯れ言と誰もが気にせず歩いているが、だからなんだとばかりに胸を張っている。
「つまらない仕事なんかさっさと終えて、美を探求するライフワークに戻らなくてはいけないね、フフフ……アッハッハッハッハッ!」
今度は狂ったように笑い出し始める。
周囲の視線を悪い意味で集めている男は、自分が白眼視されていることにすら頓着せず、ただただ笑い続けるのだった――。




