ランディ
通信の魔法の込められた魔法石を使えば、こちらに情報を伝えるまでにほとんど時間はかからない。
だが情報を知ることができても、即座に屋敷に転移できるわけではない。
当然ながら別荘から屋敷に戻るには、一週間近い時間がかかる。
流石にそれほど時間が空けば、ランディも居なくなっているだろうというのが三人の見立てだった。
けれどその予想は、残念ながら外れて終わる。
「マリーッ!!」
なんとロンド達が屋敷に帰っても、ランディはまだ逗留し続けていたのだ。
(おいおい嘘だろ、一週間以上かかったのにまだいるのかよ……侯爵の嫡男ってもしかして、結構暇なのか?)
とロンドが失礼なことを考える間に、ランディは駆け寄ってくる。
その顔は本心から、マリーのことを心配しているかのようだった。
「マリー、大丈夫なのかい? また倒れたって聞いて、急いでこっちに来たんだけど……」
公爵家は暗殺騒ぎの末にマリーが転移したことを、公にはしていない。
以前毒刃に倒れた時の後遺症から、また臥せってしまっていたという風に周囲には伝えていた。
「ええランディ、大丈夫よ。無事回復したから、療養も兼ねて少し遠くに出かけていたの。心配かけてごめんなさいね」
「そ、そっか……それな ら良かった、心配したんだよ、本当に」
ランディはホッとしたように安堵のため息を吐く。
敵であり、マリー襲撃に間違いなく関わっているグリニッジ家。
その嫡男であるランディの突然の来訪。
何か目的があると考えるのが普通だ。だがどうにも……。
「足は大丈夫かい? それ以外にも……腕とかは? どこかに後遺症が残ったりしていないかい?」
「ええ、むしろ以前より健康になったくらいだから」
「寝たきりだったって聞いたから、床ずれに聞くポーションも持ってきたよ。回復の魔法石や気つけ薬、回復の魔法石まで必要そうな物は一通り持ってきたよ」
ランディがぱちりと指を鳴らすと、後ろに控えていたメイド達がアタッシュケースを開く。 そこには彼が用意してきたのだろう、大量の薬や魔法石がずらりと並んでいた。
「あ、ありがとう、ランディ……」
「何、マリーのためならこれくらいお安い御用さ!」
少し……というかかなり引いてしまっているマリーの様子には気付かず、ランディは自慢げにドヤ顔で胸を張る。
ランディを見たロンドは思った。
こいつ、もしかして本当にただマリーが心配で来ただけなんじゃないだろうか……と。
呆れてぼんやりとしていると、アマンダが近付いてくる。
「ランディ殿はマリー様のことをずっと好いていた」
「そうなんですか?」
「少なくともその気持ちは本心だと思う。ロンドにはあれが演技に見えるか?」
「それは……」
必死になって大仰な身振り手振りで話をするランディ。
その目はキラキラと輝いていて、まるで今日あったことを両親に話す子供のように活き活きとして見えた。
マリーの笑顔が引きつっているのにも気付いていない様子も、いかにも子供っぽい。
「だがだとすると、どうしてグリニッジ家が……」
「親の心子知らず、ということだろう。あるいは子の心親知らず、なのかもしれないがな」
(とするとマリーに毒刃を振るい、襲撃をしたのがグリニッジ侯爵であることを、ランディは知らないのか……?)
たしかに関係性だけを考えれば、ランディはマリーの婚約者だ。
もし全ての事情にランディが蚊帳の外ということならば、彼の態度にも得心がいく。
「とにかく、無事を確認できて良かったよ……」
既に一週間ほど屋敷にいているのだから、今更一泊や二泊の追加はなんともなさそうだが、ランディはそのまますぐに屋敷を出て行くらしい。
どうやらマリーの貴族的な風聞が悪くなるのを気にしているようだった。
いくら婚約者とはいえ、結婚前の相手の屋敷に泊まるのは貴族社会的にはNGなのだそうだ。
「それじゃあ……さらばっ! またいつか!」
それだけ言うと、ランディは本当に馬車に乗ってしまう。
何かあるのではと気を張っていたので、なんだか肩すかしを食らった気分だった。
「い、一体なんだったんだ……」
姿が見えなくなるまで手を振り続けていたランディを見て、ロンドはそうこぼすことしかできないのだった――。




