転換点
人生には、ここでこうしていればと後になってから思うような、転換点があるという話を聞いたことがある。
ロンドはきっと今のタイミングこそが正にそうなんだろうな、と思った。
後で後悔するのだろうか、それともああして良かったと思うのだろうか。
彼は今、クライノートにある公爵邸を抜け、冒険者ギルドへとやって来ていた。
ここに来た理由は、マリーと別れ一人でやっていくため…………ではない。
「はい、それではこちらがEランク冒険者であることを示すプレートになります」
「ありがとうございます!」
彼がここにやってきたのは――外の世界を知らないキュッテを、冒険者にするためだった。 そう、彼は公爵邸に残るという選択をしたのだ。
アナスタジア公爵であるタッデンに対して出したロンドの答え。
それを知るためには、時を昨日まで巻き戻さなければならない――。
「俺は――公爵邸に、残りたいです。もちろん公爵が許してくれるなら……ですが」
「……理由を聞いても?」
「守ると……そうマリー様に約束したからです」
自分が未だ死んでいないことを辺境伯家に知られてしまうかもしれない可能性や、それに伴う身の危険。
未だ残る全貌の見えない不穏な影に、アマンダすら翻弄したという謎の男。
それらの全てのリスクを考慮に入れた上で、ロンドはアナスタジア公爵領へ残りたいと思ったのだ。
本当なら出て行くつもりだった。
自分がいなくとも、マリーは一人でやっていけるだけの強さを手に入れたと思っていたからだ。
けれど悩んだ末に、彼は残ることを決めた。
その一番の決め手となったのはやはり――以前マリーとした約束だ。
ロンドは主に忠誠を誓う騎士ではない。
けれど彼はマリーに以前、こう誓ったのだ。
『大丈夫です、マリー様。あなたのことは、俺が守ります』
その言葉を違えるつもりはない。
一度誓ったからには、彼女をどんな困難からも守ってみせる。
そしてそのための努力をする。
「色々と話を聞いた結果、恐らく残った方がアナスタジア公爵領のためになると判断しました」
「うむ……たしかにその通りだ。向こうにロンドの魔法を見られたとはいえ、そこからロンドの正体に辿りつくというわけではない。それにロンド・フォン・エドゥアールは、公式にも自死をしたことになっているしな」
「ロンド・フォン・エドゥアール……?」
どうやらアマンダには話が通っていなかったらしい。
公爵はアマンダに、ロンドを取り巻く事情を説明する。
その間にロンドは、今得た情報を反芻していた。
アマンダすら翻弄したという敵は未だ健在であり、このままいけばまた激突する可能性がある。
本来なら好転すると聞いていた状況はまったく良くなっておらず、むしろ悪化していると言っていい。
(……出て行くには、あまりにも不確定要素が多すぎる)
このままマリーを屋敷に置いて出て行くことの方が危険だ、という風にロンドの天秤は傾いた結果の残留だ。
もちろんそのために犠牲にしなければならないものもある。
一種だけ明らかになったお互いの気持ちは、お互いのために心にしまっておく必要がある。
けれどどうやら自分は……まだマリーと共にいることができるらしい。
ここに来る前に悲壮な決意をしていたロンドにとって、これは望外の結末と言えた。
今までの非礼を詫びるアマンダに笑いかけ、少しだけ心を弾ませると、公爵がロンドに手を差し出してくる。
「というわけで……今後ともよろしく頼むよ」
「――はい」
「そう言えば帰ってきてからマリーと妙に親しげだったな。まさかとは思うが……」
「も、問題ありません!」
全然笑っていない公爵と握手を交わしたことで、ロンドの公爵邸の残留が決まったのだった――。
「見てくださいロンドさん! これで私も冒険者ですよっ!」
「……」
「ロンドさん?」
「あ、ああっ、良かったな!」
昨日のことを思い出し上の空になっていたロンドは、キュッテの声に現実に引き戻される。 キュッテは新たに冒険者になった。
そして彼女がやっていくと決めたのは、どうやらこのクライノートらしい。
『とりあえずロンドさんとマリーの近くにいたいです! 二人は私の――戦友ですから!』
彼女は余所へ行くつもりはなく、しばらくの間はクライノートで人間界の常識を学びながら、戦闘能力を高めていくつもりのようだ。
ロンド的にも、キュッテが近くにいてくれるのは嬉しいことだ。
迷いの森で彼女の力に助けられた機会は、両手で数え切れない。
今もまだまだ成長途中なので、どんどん強くなっていくことだろう。
彼女さえ良ければ、ゆくゆくは自分と同様マリーの護衛に……なんてこともあるかもしれない。
(マリー様もキュッテには……心を開いていたようだし)
そんなことを考えながら、ロンドはキュッテと別れ、屋敷に戻る。
こうしてまた、ロンドの公爵邸での日々が始まるのだ。
色々なものが、迷いの森に入る前とは明らかに違っていて。
周囲の態度も環境も、全て変わってはいるのだけれど。
それでも中には、変わらないものもある。
これから先の未来がどのようなものになるのかはわからない。
けれどその未来を明るくしようと頑張ることは、決して無駄にはならないはずだ。
「――よしっ!」
ロンドは己の頬を張り、気を引き締める。
そして彼は屋敷へ向かって、一直線に駆け出すのだった――。
【しんこからのお願い】
これにて第一章は終了となります。
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