ホントの気持ち
「ども」
「はい、どもです」
ロンドはテントの中へ入っていく。
植物で作ったらしいテントは、繊維が綺麗に編み込まれているようだった。
そのほのかな青臭さと緑色がなければ、布にしか見えなかっただろう。
中は密閉性が高く、外よりずっと温かかった。
「ったく、キュッテのやつ、何もこんなに無理矢理やらなくったっていいのに……」
「あの子はこうと思ったらまっすぐですからね」
二人して苦笑する。
立っているのもあれですからとマリーに促され、そのまま腰掛ける。
「……」
「……」
ロンドは何か言おうとしたが、口は上手く動かなかった。
対しマリーの方も黙ったまま。
二人ともわかっているのだ。
今日を機にまた二人は、元の関係に戻ってしまうということが。
ロンドの立場は護衛に、そしてマリーは貴族家の令嬢に。
一度転移で飛ばされるような危険まであった以上、今後マリーの周辺警護は更にガチガチになるだろう。
アマンダの監視の目だってあるし、公爵も今まで以上に目を光らせることだろう。
恐らくはこれが、ロンドとマリーが人の目なしで、忖度も介入もなく話せる最後の機会になるかもしれない。
「なんとか領地に戻れそうで良かったです。これでまた明日からは、飛ばされる以前の状態に戻れるはずです」
「そう、ですね。また襲撃はあるかもしれませんが、今度機会があれば私も逃げ出せずに戦えると思います」
侍女に襲われた時も、暗殺者の襲撃に遭った時も、馬車を襲われた時も。
マリーは恐れから目を瞑ることしかできなかった。
けれどこの迷いの森に飛ばされたことで、マリーは大きく変わった。
グレッグベアと戦っている時、彼女は一度として恐怖から目を閉じることはなく。
己の持てる限りの力を使って、ロンドのサポートをし続けた。
まだまだ発展途上ではあるかもしれないが、彼女は間違いなく強くなった。
心も、身体も。
今後何かが起こったとしても、彼女は対抗し、反抗することができるだろう。
一方的にやられるだけで終わることにはならないはずだ。
であればロンドも……改めて己の身の振り方を考えなければならない。
「俺は……マリー様を公爵の下へ送り届けたら、そのままクライノートを出て行くつもりです」
「それは……急ですね」
「実はあの熊を倒したあたりから決めてはいたんですが、なかなか言い出せなくて……すみません」
マリーが悲しそうな顔をしながら俯く。
けれどロンドは、彼女へと新たな言葉を紡ぎはしなかった。
(今のマリー様はもう一人で歩いて行ける。だから俺の存在は必要ない……むしろ先々のことを考えれば、いない方がいい)
エドゥアール家とアナスタジア家は、ユグディア王国を代表する二大貴族である。
エドゥアール家の恥さらしとして服毒自殺をしたはずのロンドを、アナスタジア公爵家が匿っている。
この事実は、両者の争いの種になりかねない。
公爵やマリーの今後のことを考えるのなら、彼らの庇護を受け続けるのではなく、彼らに迷惑をかけないよう潔く領地を去るのが一番いい。
今では毒魔法の扱いにも慣れた。
元々の目的の一つだった毒魔法の会得と習熟も既に終わっている。
今のロンドなら、たとえ一人でも、どこでだって生きていけるはずだ。
ロンドが最初にアナスタジア公爵へ会いに行ったのは、エドゥアール家と同格の力を持つアナスタジア家の庇護を求めるためだった。
けれど今は敢えて庇護下から外れて、一人で領地の外へ出ようとしている。
なんとも不思議な因果だと、おかしな気持ちになってくる。
ロンドは自嘲気味に笑う。
「ロンド……」
マリーが顔を上げる。
その瞳は潤み、今にも涙がこぼれそうになっていた。
触れてはいけない。
その涙を拭ってはいけない。
そう思いながらロンドは――そっとマリーを抱き寄せ、瞳の水気をハンカチで拭き取った。
マリーの……愛しい人の涙を見ていると、自分も涙をこぼしそうになる。
けれどそんなダサいことはできないと、ロンドはクッと顎を上げて耐えた。
少しだけ気持ちを落ち着けて。
そして今していることが正しくないことなど承知の上で、それでもロンドはマリーを抱きしめる腕に力を込める。
「マリー様…………お慕いしております」




