きゅっ
ロンドは一人野営をしながら、空を見上げていた。
彼が思い出していたのは、以前読んだ小説の一節だ。
『大自然を目にすれば、自分の存在のあまりのちっぽけさにに気付く。そして人生観は変わり、より積極的に動くことができるようになる』
「……小説は小説、ってことかな」
少なくとも今のロンドに、その言葉は刺さらなかった。
大自然を前にしても、思い出すのはマリーのことばかり。
見上げた先にある強く輝く星よりもきらめくマリーの笑顔。
そして公爵領に戻った後に待っている、マリーとの日々。
当時はそれで満ち足りていたはずだったが、二人きりで過ごすことが多くなった今では物足りない、ともすればとんでもない過ちすら犯しかねないであろう日々……。
それは楽しいだろうが、同時に己との戦いでもあるだろう。
「ふぅ……ん?」
ため息を吐いてから、ロンドは上体を起こす。
キュッテがこちらに近付いてくるのに気付いたからだ。
「さあ、さあさあさあ!」
「……キュッテ? 一体何を……」
キュッテはぐいぐいとロンドを引っ張っていく。
されるがままに歩いて行くと、気付けばテントの前に辿り着いていた。
「折角ですから、ちゃんとお話しておいてください」
「お、おい、そんな急に――」
ズガンッ!
反論は許さん、とばかりにテントの周囲に土の壁が突き立っていく。
そして更にその内側に土のドームができたかと思うと、テントをすっぽりと覆い隠してしまった。
これを壊すとなると、かなり威力の高い魔法を使う必要があるだろう。
そんなことをしてキュッテに攻撃を当ててもつまらない。
(それに……いつか向き合わなくちゃいけないとは、思っていたんだ。折角お膳立てしてもらったんなら……行かなくっちゃ、男じゃない)
ロンドは決意を胸に秘め、テントにゆっくりと手をかける。
そして……。
「入ってもいいですか?」
「……どうぞ?」
何故か疑問形で答えを返してくるマリーの天然具合に笑いながら、ロンドはゆっくりとテントの中へ入っていくのだった――。
「ふふ、作戦成功です」
キュッテはロンドがテントの中へと入っていくのを見届けてから、満足そうな顔で笑う。
正直な気持ちを話すことができないのなら、話すことができるように場を整えてやればいい。
たくさん恩を受けた分の何分の一かくらいは、ロンドに返すことができただろうか。
キュッテはそんな風に思いながら空を見上げる。
「わぁ、綺麗……」
空には、満天の星が広がっていた。
どこまでも果てることなく、自分が見えないところにまで、この星空は延々と続いているのかもしれない。
今まで住んでいた森を照らす星空が、まさかこれほどまでに美しいとは。
キュッテは自分の視野がどこまで狭まっていたのかを突きつけられたようで、なんだか恥ずかしい気分になる。
けれど星空の美しさと広大さは、キュッテの心に何かを与えてくれた。
ロンドにとっては意味を成さない星々の美しさは、キュッテにとっては己の人生観を変えるほどに、大きなものだった。
誰にとって何が意味を持つかは、人それぞれなのかもしれない。
「二人が上手くいってくれれば、私は……」
きゅっ……。
「あれ……?」
胸が締め付けられるような感覚。
身体の中心が熱を持っているような今まで感じたことのない違和感に、キュッテは思わず胸を押さえる。
「なんだろ、これ……」
自分の中で芽生えたその感情に、キュッテは戸惑うことしかできなかった――。
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