仰天
ロンド達は更に進み、いよいよ公爵領まであと一日というところまでやってきた。
間違えてエドゥアール辺境伯領に入ってしまわぬよう事前に何度も方角を確認していたキュッテが太鼓判を押すのだから、恐らく間違いはないのだろう。
とうとう迎える最後の日。
自分が間違いなく寝付くことができないとわかっていたロンドは、不寝番をすると主張し、二人を納得させた。
そして迷いの森で過ごす最後の夜がやってくる――。
エルフ達特製のテントの中で、マリーとキュッテの二人は横になっていた。
討伐の報酬と友好の印ということで、エルフ達がロンドにプレゼントしてくれたのだ。
だから本当ならロンドが使うべきなのだが……彼はほとんど使うことなく、基本的には外で樹や岩に座りながら寝ることが多い。
自分にもしものことがないよう配慮しての行動だということは、マリーにだってわかっている。
けどそれだけでは、到底納得はできない。理解はできても、心の中にあるもどかしさは消えてなくならなかった。
理屈や論理で正しいことと、それが当人にとって正解どうかはまったく別の問題だ。
特にそれがうら若き乙女であれば、尚更のこと。
外からは鳥達の鳴き声に紛れて、パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえてくる。
火の粉が飛ばぬよう、少し離れたところにはロンドがいるはずだ。
マリーは気付けば、テントの入り口を凝視していた。
その垂れ幕の向こう側にいる、誰かを捜し求めるかのように……。
「寝られない、ですか?」
「……ええ」
キュッテの言葉に寝返りを打つマリー。
くるりと振り返ったその視線の先には、真剣な顔をするキュッテの姿があった。
「キュッテ、どうしたの?」
「私……悩んでいたんです。マリーさん達を送ったあと、一体どうすべきか」
旅の最後の夜とあってか、今まであまり自分のことを話すことのなかったキュッテの口は滑らかに動く。
彼女は出立の際、父であるオウルにこう告げられたという。
『ナルの里に帰ってくるのもいい。そのままロンド君達についていったって構わない。キュッテ、全ては君の自由だ。一人前の戦士になったんだ……自分の身の振り方くらい、自分一人で決めなさい』
オウルはキュッテのことを認めた。
そして彼女のことを一人前と認めたからこそ、行動の自由を与えてくれた。
「私、里を出ていくなんて、考えたこともありませんでした。皆に認めてもらおうって気持ちだけで、私の心のコップはいっぱいいっぱいだったから……」
キュッテの気持ちはマリーにも理解できた。
自分が今まで暮らしてきた場所は、この広大無辺な世界の中でのごくごく一部に過ぎない。 迷いの森へと飛ばされて初めて、彼女はそんな世の中の当たり前を知ったからだ。
「世界を知る……なんて言うと大層な気がしますけど。私はロンドさんやマリーさんと会って、変わることができました。だからまた新たな人と出会って更に変わることができるかもしれないし、私と出会うことで誰かを変えることもできるかもしれない……だから私、決めたんです」
キュッテとの出会いは、魔物にやられそうになっている彼女を助けるところから始まった。 その頃の弱々しかった様子は、今はもう微塵も感じられない。
キュッテは立ち上がり、そして堂々と胸を張って言った。
「私は……里を出ます。そして世界をこの目で、実際に見てみるつもりです」
「そう、ですか……」
そのキュッテの力強さを見て、マリーは何も言うことができなかった。
するとキュッテの方が、たたみかけるように続けた。
「と、いうわけで……私ロンドさんを呼んできます。マリーさん、待ってて下さい!」
「え……えええええええっっ!?」
マリーが仰天して言葉を失っているうちにキュッテは本当にテントを飛び出してしまったのだった――。
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