寒気
「キュウウウウッッ!」
ロンドがゼロ距離で龍毒を流し込むことに成功した瞬間、グレッグベアの動きが明らかに変わった。
今までのように舐めていた態度は完全に消えていた。
どうやらロンドを明らかに自らの脅威として認識したようだ。
グレッグベアの爪撃が、キュッテが作った土の壁をやすやすと破壊する。
既にロンドは距離を取り出していたが、近くの障害物に辿り着くまでには距離がある。
このままでは間違いなく追いつかれてしまう。
なんとしてでも、魔法を使って距離を稼がなければ。
ロンドは即座に毒魔法を使って防壁を展開させた。
「ポイズンウォール!」
「ウィンドウォール!」
「大地よ!」
少しだけ余裕が出てきたマリーと、ロンドの脅威を敏感に感じ取ったキュッテが即座に対応する。
ポイズンウォールがクッションとなり、グレッグベアの攻撃を受け止める。
けれどそこから更に踏ん張りを利かせ、力を加えることで貫通された。
風の壁がグレッグベアの毛を斬り、キュッテの土壁にぶつかったところで、攻撃はようやく止まった。
時間が稼げたことで、ロンドは再び木々に紛れることができた。
憎々しげなグレッグベアの声を聞きながら、再び身を隠す。
(これでとりあえず、後は距離を稼ぎながら時間を稼ぐだけでいい……)
ロンドの必殺パターンが決まった形である。
最大威力の龍毒を叩き込まれて、HPが削りきれなかった魔物はいない。
途中で毒の効果が切れてしまう可能性もあるが、そこまで削ることができればあとは遠距離からかける毒で問題なく倒すことができるだろう。
(龍毒でHPが削りきれないこともないはず――ッ!?)
なんとかなったかと安堵するロンドの背筋に寒気が走る。
それは言葉では言い表せない、言語を絶したところにある第六感だった。
「伏せろおおおおおおっっ!」
ロンドはポイズンウォールを発動させながら、思い切り地面へ倒れ込む。
他の二人の様子を見るだけの余裕はなかった。
「キュウウウウウアアアアアアアアアッッ!」
バヂバヂバヂッ!
とてつもなく大きな布を一息で引きちぎるような音が耳朶を打った。
続いて網膜を焼き焦がすかのような激しい光が走る。
ロンドは光の強さが弱まったと感じたタイミングで即座に目を開いて情報を確認する。
見れば自分の目の前にあった樹が、こちら目掛けて倒れ込んできていた。
避けながら鼻につくのは、焦げ臭い香り。
倒れる樹木の切断面に、黒い焦げ付きがあった。そしてよく見れば。葉や枝からバチバチと光が散っているのが見える。
「これは、稲妻か……?」
どうやらあのグレッグベアは、魔法を扱うことができるらしい。
オーガプリーストを始めとして、魔法を使うことができる魔物は少なくない。
魔物の使う魔法は、人間が使うそれよりもはるかに原始的だが、その分種類が多岐に渡る。
どうやらグレッグベアは、雷を操る魔法を持っているようだ。
先ほどまでの戦闘でまったく使う気配がなかったから、使えないものだとばかり思っていた。
そこまで本気を出していなかった、ということなのだろう。
であればここからが――。
「キュウッ!」
「ポイズンウォール!」
自分と相手の、本気の命の奪い合いだ。
このままでは勝てない、という直感があった。
相手の動きは速く、またその魔法は強力だ。
「キュアアアアアッッ!」
グレッグベアが両手をだらりと下げ、棒立ちの状態になる。
そしてその身体が光り出し、激しく明滅する。
光が周囲に放散し、円状に魔法が拡がっていく。
木々が焼け焦げて、細い木はブスブスと音を縦ながら倒れていった。
(グレッグベアが使っている魔法は、今のところ二種類。一つ目は自分の身体から雷の衝撃波を出す魔法。そしてもう一つは手や足の爪の先へ雷光を乗せて打ち出す魔法だ)
攻撃範囲は前者の方が広く、攻撃の威力は後者の方が高い。
ロンドが注意しなければいけないのは、後者の方だった。
「キュアッ!」
「――っ!? ポイズンウォール!」
先ほどまではポイズンウォールで最初の一回は攻撃を防ぐことができた。
けれど今ではそれも難しい。
バチバチバチッ!
ロンドが貼った毒の壁を、グレッグベアの手が貫通する。
腕の動きは止まった、けれどその先の爪が唸りを上げる。
「ぐあああああっっ!?」
閃光があったかと思った次の瞬間には、全身に衝撃が走っていた。
稲妻が通り抜けていき、ロンドの身体を内側から焼いたのだ。
「――微毒ッ!」
微毒を使って内側に毒を薄く拡げ、傷を治癒していく。
けれど現状は明らかにジリ貧。
マリーとキュッテに注意が向かぬよう、攻撃力と防御力と回復力を併せ持つロンドが矢面に立って攻撃を受ける必要がある。
けれど向こうの攻撃力が、ロンドの防御力を上回り始めている。
このままでは早晩、ロンドの方に限界が来るだろう。
(今のままのポイズンウォールじゃだめだ……ただ液状の毒だと、勢いは殺せてもそのあとの魔法は避けられない。どうすればいい……?)
ロンドが対抗策として思いついたのは、キュッテが出した土の壁であった。
あの魔法の防御力を、グレッグベアは貫通することができずに、表面を削っていくことで壁を壊していた。
爪の一撃を防ぎきることができれば、その後の魔法で壁が壊れても、自分の方まで魔法の余波が飛んでくることは避けられるはず。
(ポイズンウォールを……硬くすることはできるか?)
再度グレッグベアの爪撃が飛んでくる。
やらなければ、やられる。
ロンドは即座に、キュッテの魔法を参考にして新たな毒魔法を作り出した。
「ポイズンウォール……ソリッド!」




