最終決戦
(間違いない、強敵だ。今まで戦ってきたどんなやつよりも)
ロンドは明らかにこちらを舐めている熊に、魔物と戦ううちに習得した新たな毒魔法を放つ。
「ポイズンミスト」
「キュウッッ!?」
霧状に散布された形であれば、さすがのグレッグベアも回避はできなかったようだ。
けれど見れば、今田毒にははかかっていなかった。
どうやら今回は、運悪くハズレを引いたしまったらしい。
ロンドは少しだけ視線を外し、グレッグベアの周囲にいる熊達を毒魔法で屠っていく。
グレッグベアはそれを見るばかりで、一向に手出しをしてくる様子はない。
どうやらロンドが何をやっているのかを、じっくりと観察しているようだった。
バタバタと熊達は倒れていく。
ロンドは今相対している熊達……ではなく、その向こうにいる親玉の方へと意識を向けざるを得なかった。
(あれは……)
目の前の小型の熊――グレッグベアの身体からは、白いオーラのようなものが噴き出しているのが見えた。
龍の力を宿したロンドには、それがなんなのかがすぐに理解できる。
あれはグレッグベアの全身から噴き出す、生体エネルギーだ。
自分の内にある何かが訴えかけている。
目の前にいる魔物は、全力を出してなお勝てるかが不確実な相手であると。
目の前が赤く光る。
グレッグベアのオーラは白。つまりこの光は、熊から出ているものではない。
ドクン。
魔物の攻撃ではない、内側からやってきた痛みがロンドを襲う。
「ぐっ、なんだ、これ――キュッテ!」
ロンドが叫ぶと、彼女はすぐにロンドの意志を汲む。
グレッグベアの周囲を囲むように段差を作ってから、自分達を守るための即席のトーチカを作る。
そしてロンドはその間に、なんとかしてグレッグベアへ毒魔法を行使する。
「ポイズン……ボール!」
もっとも使い慣れたポイズンボールをなんとか発動させることで精一杯だった。
「キュアッ!?」
ポイズンミストを食らっても何もダメージを受けなかったグレッグベアは、今度は無防備のまま攻撃を受けた。
そして……着弾。
今度は無事、龍毒をかけることができた。
自らの身体に何かをされたことに気付いたグレッグベアが、がるると獰猛な唸り声を上げる。
小熊はロンドをジッとにらんでいる。
だがロンドの方はそれどころではなかった。
(熱いっ! これは……あの時のっ)
背中に感じる、猛烈な熱の奔流。
そしてどんどんと強くなっていく光。
魔法を使う際に出るだけだった紋章から出る光が、一向に収まる気配がない。
まるでロンドが初めて系統外魔法に目覚めたあの時とそっくりだった。
「ロンドさんっ!」
「まさか、あの熊が――」
「いや、違う……」
ロンドの背中に感じる熱さは、すぐに引いていく。
なんだったんだと聞かずとも、ロンドには今起こった出来事の意味がわかっていた。
「戦えと、逃げるなと言われている」
「ロンドさん? どうかしたんですか?」
目の前の敵と戦えと。
ロンドは己の背に宿る龍に吼えられたのだ。
紋章に意志があるはずもないというのに、ロンドは龍の言わんとしていることがわかった。
ロンドとしても同じ気持ちだ。
ことここに来て、逃げるという選択肢はない。
戦わなければならない。
戦って、勝ち、そして公爵領へと帰らなくてはいけない。
ここで立ち止まっている暇など、ないのだ。
「キュッテ、マリー、ここから先は持久戦だ。とにかく時間を稼いで、相手を毒で殺しきる。俺が前に出てまずあの熊以外をやる。マリーは俺の隙をカバーしてくれ、キュッテはあの熊の行動が遅延できるように、段差や落とし穴を置いてくれ」
「わかりました!」
「はいっ!」
悠長に作戦会議をしている時間はない。
ロンドは即座に、手を前に掲げた。
「ポイズンウォール!」
ロンドの向かい側にあった土壁に、ピシッピシッと亀裂が入る。
そして数秒ののち、壁は決壊し、鋭利な爪が襲いかかってくる。
紫色の毒の壁と、黒く光沢を帯びた爪が重なった。
粘性の液体のように、毒の壁が爪を飲み込む。
そしてジュウジュウと音を立てて、爪とその下にある肉を溶かしていく。
「キュウウウウッッ!?」
ダメージは入った。
ようやくまともに戦闘に集中できるようになったロンドは、改めてグレッグベアの状態を確認する。
グレッグベア
健康状態 毒(龍毒)
HP 2893/3034
体内時計では十秒近い時間が経過しており、ポイズンウォールによるダメージもある。
だが与えられるダメージは200にも満たない。
ポイズンウォールによって与えられたダメージは20ほどだった。
ということは龍毒を使い、10秒で削れたHPは120。
あの距離で当てたのだから、秒間30前後のダメージはあるはず。
(となるとこいつには、秒間20弱の回復機能があることになるな……)
龍毒を使い、倒せなかった魔物は今までいなかった。
龍毒の継続時間がどこまで続くのかは、実戦でぶっつけ本番で確かめていくしかなさそうだった。
「クルウウウウウッッ!」
「ポイズンボール!」
ロンドが打ち出した毒球とグレッグベアの拳が激突する。
こうして、ロンド達の最終決戦が始まった――。
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