父
キュッテが所属しているのはナルの里。
エルフの里の規模としては中程度らしく、エルフの数は合わせて二百程度らしい。
それで中規模となると、エルフの数自体はそれほど多くはないのかもしれない。
どんな感じにするかというざっくりとした打ち合わせをした時になってようやく、ロンドはこの場所が迷いの森と呼ばれているらしいことを知る。
もちろん言われたから「どこそこの領地にある迷いの森!? となると今の自分達の位置は……」などと言えるほど博識ではないので、ただ名前を知っただけである。
マリーの方も名前は存じていないらしいことから考えると、恐らくこれはエルフ達の間で使われている呼称なのだろう。
ユグディア王国において大きく、かつ魔物が出る森のいくつかをあげてもらう。
「もしここがアリシア大森林だとしたら、人里に出るのは待った方がいいですね。ですがガナル森林なら抜け方を間違えてはいけません。もしあそこだとしたら……出方を間違えると、そのままエドゥアール辺境伯領に抜けてしまいますので」
「――っ!? エドゥアール辺境伯領にか……」
考えていた可能性の一つではあったが、ずいぶんと久しぶりに聞こえる名前に思わず呻く。
マリーはロンドを見て、こくりと頷く。
「でも、大丈夫です。ロンド、今度は、私が……」
決意に満ちた、覚悟を決めた顔。
マリーが見せた初めての表情にロンドが狼狽していると……。
「そろそろ行きませんか?」
二人の間に生じた微妙な空気を察してキュッテが助け船を出してくれた。
ロンドとマリーは彼女に頷き、そして話し合いは終わった。
「ナルの里が見えてきました」
「――ああ、わかった」
先ほどまでの出来事を回想していたロンドは、目的地であるナルの里へと辿り着いたことで気を引き締め直した。
周囲から感じる、まとわりつくような視線。
殺意のこもったそれを感じながらも、ロンド達は前へと歩き出す。
ロンドのイメージするエルフというのは、彼ら特有の植物を利用した丸型の家屋に暮らし、人とは違う時の流れの中で生きている泰然とした存在だった。
けれどロンド達を出迎えるために出てきた者達は敵意を剥き出しにしており、数百年の時を生きたとは思えぬほどの激情を感じさせている。
「キュッテ、何をしている!」
「里を出たかと思えば外部の者を連れてくるなど――いくら愛されていると言え、物事には限度というものが……」
彼らはこちらに手を向け、いつでも魔法を打てる体勢を整えていた。
森に入ってから殺気や敵の気配に敏感になっているロンドは、近くの樹上にもいくつかの気配を感じ取っていた。
木々に繁る葉の間にキラリと光る鏃。
どうやら矢を番えている者もいるらしい。
ロンドはいつでも戦闘に移れるよう、魔法発動の準備だけは整えてキュッテを見守ることにした。
「落ち着いて、そしてこれを見て!」
「それは……鎧熊の首?」
「私が狩ったのよ!」
「ほう、そうか……」
少しだけ、エルフ達の剣呑な雰囲気が和らいだ。
どうやらキュッテが鎧熊を狩れるだけの狩人になったこと自体は、結構喜ばしいことと思われているらしい。
「――はっ、だ、騙されんぞキュッテ! いくら里長の娘とは言え、人間を里に呼ぶなど何を考えている!」
「この人も狩人よ! 父上に話を聞いて、私達であの妖熊を倒すわ! いいからリゲル達は父上を呼んできて!」
「むむむ、あの化け熊を……?」
「何にせよ、そいつは一旦結界の外に出せ! 長にそちらに出向いてもらう!」
「わかった!」
キュッテに従い、ロンドは森を後退していく。
いや、お前里長の娘だったのかよとか。
エルフ達も案外素直に言うこと聞いてくれたなとか。
色々思うことはあったのだが、何も言わないでおいた。
(あんな感じで意思疎通ができるんなら、エルフともっと交流があってよさそうなものだけどな)
だがどうやら、ロンドは隠し事をするのが下手らしい。
キュッテはロンドの顔を見て笑って、
「精霊達がロンドさんについていますから。悪い人ではないことはわかってくれたみたいです」
「え、なんだそれ、初耳だけど」
「ええ、言ってませんでしたから。ロンドさんなら、まあギリギリ納得させられるかなと思ったので、二人で来たんです」
よくわからない存在でしかない精霊が、どうやらロンドの周辺には飛び回っているらしい。
それがどうしてなのかはわからないが、なぜだかロンドは精霊に気に入られているとキュッテは言う。
精霊に気に入られているやつに悪いやつはいないというエルフ特有の論法で、どうやらロンドに対して必要以上の悪感情は持たれなかったようだ。
(マリー様を連れてこないよう主張してたのには、そういう理由があったんだな。……にしても精霊が気に入られる理由……やっぱり俺の毒魔法なのか?)
精霊というものは、自然現象が形を取ることで生まれてくる高次の存在とされている。
要は火の精霊は、火という現象そのものから生まれてきて、火というものを司ることができる。
だが四元素全ての魔法に才能のないロンドに精霊がなつく理由がわからない。
考えられる理由はロンドが系統外魔法を持っていることくらいなものだが……精霊は珍しいものが好き、ということなのだろうか。
マリーが無事かどうかを少しだけ不安に思いながらも、ロンドはキュッテと共に里の結界の外で待つことにした。
「やぁ、お待たせ人間。まさかうちのかわいいキュッテに手を出したりしてないよね? してたら殺すけど」
スッと音もなく、背後に立たれていた。
そして首筋を撫でる一陣の風。
風が攻撃魔法という形を取っていれば、今の一瞬で間違いなくロンドの首と胴体がおさらばしてしまっていたことだろう。
「もちろんですよ……俺には思い人がいますので」
くるりと振り返る。
そこにはどこかキュッテに似た、くりくりとした目をしたエルフの男性が立っていたのだった――。
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