里
キュッテには戦う力がなかったわけではなかった。
彼女が魔物と戦っても勝てていなかったのは、恐らくは力を組み合わせるという考え方に乏しかったからだろうとロンドは考えていた。
(キュッテの周囲にいるエルフ達は、両親から兄妹に至る一流の魔法の使い手だったって話だ。恐らくは皆、鎧熊程度なら瞬殺できるような強力な魔法が使えるんだろう)
一撃で勝負を決めることができるのが彼女達にとっての常識だったからこそ、そもそもいくつも仕掛けや準備をしてから戦うという発想に乏しかった。
そう考えればつじつまが合う。
エルフ的な発想をしていたからこそ、キュッテは自分の力に気付くことができなかったのだ。
彼女の強みは個々の魔法の威力や射程ではなく、それを組み合わせることによる罠の設置や思考・行動の誘導だ。
土に凹凸をつける魔法は相手の踏み込みに合わせれば相手を躓かせ、つんのめらせて勢いを殺すことができる。
それだけでなく土をうずたかく積み上げることで土壁を作ることも可能だ。
個人としての戦闘能力はたしかにそれほど高くはないが、キュッテは防衛戦のような守勢に回った際の戦闘において真価を発揮するだろう。
鎧熊との戦闘を終え、そんな風に総括をしたロンドの話を、キュッテは一心に聞いていた。
そして話を終えると――彼女はボロボロと泣き出した。
「ちょっ、どうして泣くんだよ!!」
「ずっ、ずびばぜん、でぼう゛れしくでえぇ!」
泣いて抱きついてくるキュッテを、ロンドは優しく抱き留める。
キュッテの鼻水が服についてべとべとになった。
美人のよだれや鼻水は綺麗だと聞いたことがあるが、キュッテの鼻水が服についた時、ロンドは普通に汚いなと思った。
(――はっ、殺気!?)
ロンドはすぐさま後ずさり敵の姿を確認しようとした。
――すぐ隣に、鬼がいた。
隣に居るのはマリーだけ。魔物がいるわけではない。
けれどロンドには、彼女の後ろに赤い鬼が見えていた。
マリーの笑顔はいつものように可憐だった。
けれどロンドには、彼女が心の底ではまったく笑っていないことがわかった。
ロンドは抱き寄せていた手を離し、グッと手を上げて無罪アピールをする。
それを見たマリーから、先ほどまでの剣呑な気配が消える。
ロンドは一命を取り留め、キュッテが泣き止むまでただひたすら棒のように立っていたのだった――。
「にしてもここには、熊型の魔物が多いよなぁ」
キュッテが落ち着いてからしばらくして、ロンド達は遅めの昼食を食べていた。
ちなみに今日の昼ご飯は毒果物とキュッテが倒した鎧熊の肉だ。
「そうですね、途中までは虫や蛇なんかもいましたけど、急に熊ばっかりになりましたよね。熊さんは毛皮も肉も固いので、今の私だと完全にトドメをさすのが難しいんですよね」
マリーがパチリと指を鳴らすと、集めていた枯れ葉と落ち葉に火が灯る。
パチパチと音を鳴らしながら火が燃え移り、大きな炎になっていく。
彼女が最も得意なのは風魔法だが、他の三属性も人並みには使うことが可能だった。
本当なら森の中で肉を焼くのは、肉の焼ける匂いに釣られ魔物を呼び寄せてしまうためにタブーとされている。
けれど栄養の偏りのことを考えて、ロンドがやってくる魔物達を倒しながら肉を食べてきていた。
しかし今はキュッテがいる。
彼女のおかげで、ロンド達はあまり匂いを気にしなくてもよくなった。
キュッテにドームを作ることがわかったおかげだ。
今日からは彼女にしっかりと罠を巡らせた防壁を作ってもらえば、三人ともぐっすり眠ることができるようになるだろう。
キュッテにできること、もっと早くから聞いとけばよかったなとロンドが思ったのは、ここだけの秘密である。
「そうなんですよねぇ、うちの里のみんなも結構困ってるみたいでした」
「エルフでも手こずるの?」
「もちろん中には強い人も多いですけど、魔物にも強いのは居ますからね」
「ああ、たしかにそれはそうだ」
ロンドの龍毒でも即殺できない魔物も中にはいた。
通常の威力の魔法では、あれらを倒すことはかなり難しいだろう。
皆が練度の高い魔法使いであるエルフでも手こずっている、というのは少々驚きではあるが。
「中にとんでもなく強いのがいて、そいつがうちの里の戦士達を……って話です」
「そうか……」
エルフの戦士を倒せるような強力な魔物が里を襲っている。
きっとキュッテは自分にも何かができるかもしれないと思い、いてもたってもいられずに出てきたのだろう。
その助けになってやりたいと、キュッテのことを良く知ったことで、ロンドは強く思った。
「キュッテ、里のエルフの人達は君以上に人里の情報を知ってるかな?」
「それは……ええ、はい。人里に続く道を私は一個しか知らないですけど、もしかしたらあと一つ二つはあるかもしれません」
キュッテは森を抜けて人間の住処へと向かうための道は知っているが、その住処がどの国の領地で、誰が統治しているかといった情報をほとんど知らない。
何も知らないままこの森を抜けていいものか。
ロンドが森を歩く中でもっとも懸念しているのがその部分である。
出て行ったらそこが敵国のまっただ中である可能性も十分に考えられる。
目も当てられないような事態に陥るのを防ぐためには情報が必要だ。
――そう考えることで、ロンドはキュッテの住まう里を助けるための理由を作ったのだった。
エルフは俗世との交流を嫌う排他的な種族だ。
自分達がエルフ達に攻撃を向けられる可能性は高い。
けれどまた、やってみない限り対話などできないのも事実。
三人は話し合いをした上で、マリーを置いていくことに決めた。
無論安全には配慮して、魔物の来にくい場所に、キュッテの魔法でガチガチに要塞を建設した上での待機である。
そしてロンドとキュッテは、二人で里へと向かうことに決まったのだった――。
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