大地よ!
森とは樹木の生い茂る場所だ。
けれど木とは当然ながら生き物であり、まったく同じペースで均等に生えているわけではない。
森の中には木々が鬱蒼と茂っているところがあれば、反対に木が生えておらずぽっかりと空いている空間もある。
そしてそんな円形状に空いている空間に、一人と一匹の魔物が向かい合っていた。
「さあ来なさい熊っころ! この最強美少女エルフ、キュッテ・ナル・アウガ・サイゼルフォ……」
「グオオオオオオオッ!!」
「ちょっ、説明は最後まで聞いて下さいってばぁ!」
そこにいるのは、エルフのキュッテと鎧熊だ。
全身をアーマープレートのような鉄に包んでいる熊は、キュッテを見つけると、彼女が口上を言い終える前に飛びかかってきた。
キュッテがバッと右腕を振る。
するとそれに合わせるように勢いよく土が飛び出し、鎧熊の視界を覆った。
「グオオオッ!?」
殺傷能力を持つ攻撃ではあるが、堅牢な鎧熊の外殻を破ることまではできない。
だが目に細かい砂が入ったようで、鎧熊の動きは明らかに鈍った。
よし、とキュッテは内心でほくそ笑む。
だが自身の内心を魔物に悟られてしまわぬよう、あまり得意ではないポーカーフェイスを必死で作った。
「大地よ!」
キュッテは次に、手に握った種を鎧熊の足下に蒔いてから精神を集中させた。
すると種は一瞬のうちに発芽し、みるみると育って幾重にも広がる長い蔦となった。
身体に纏わり付くようにぎゅるぎゅると成長していく蔦は鎧熊の外側――つまり鉄によって覆われた外側を器用に抜け、内側にその蔦を伸ばしていく。
「伸びろっ!」
そして中へ入った段階で更に成長を促すと、蔓が膨張して鉄の表皮がたわんだ。
だが壊れるまではいかずに終わる。
「グラアアアアアッッ!!」
そして一連の攻撃を受けた鎧熊は激昂して駆ける。
四つ足になっての全力疾走の速度は、人のそれを大きく凌駕する。
けれど――。
「大地よ!」
キュッテは走って後退しながら再度種子を投げる。
種は自分と自分目掛けてかけてくる鎧熊との間に広がる直線上に落ちる。
それは鎧熊の足に絡まっていく。
よく見れば伸びている蔓には天然のかえしのついた棘がついており、一度刺されば抜けにくくなっている。
大した痛みではないからと、熊はそれを放置してキュッテの方に駆けてくる。
けれど自重が刺さり、足裏の鎧に覆われていない部分に棘が刺さると、さすがに呻き声を上げた。
この段階になって鎧熊は蔓を引きちぎった。
けれどブチブチと切れていくのは蔓ばかり、棘は足裏に残ったままだ。
魔物は痛みに強い生き物だ、足裏の痛みとて決して耐えきれぬものではない。
鎧熊は目の前に居るエルフを捕食の対象ではなく、己の敵とみなした。
瞳が一層剣呑となり、濁った赤い瞳がぎらりと光る。
キュッテは一瞬うっと喉の奥をひくつかせたが、自分を叱咤して再度精神を集中させる。
「グアアッ!」
鎧熊は後のことなど考えず、己の出せる全力で駆けた。
それは普段であれば一瞬のうちに相手に到達し、その体重と凶悪な鋭い爪で対象の命を奪うだけのパワーとスピードを持っている。
けれど今の鎧熊は万全とは程遠かった。
瞳は砂を入れられたせいで未だ充血しており、視界はかすみ。
自慢の装甲には植物が生い茂り、長年手入れをしていない古屋敷のように蔓が伸びていて、行動を阻害する重りとなっている。
それらに加え、足裏には強く踏み込めば踏み込むだけ深く食い込む棘が刺さっているのだ。
一つ一つは小さくとも、いくつもの変化が重なれば、それは拭いがたい違和感となる。
鎧熊の動きは明らかに精細さを欠いており、その動きはかなり鈍重になっていた。
――だからこそ、気付くのが遅れた。
「グオオオオオッ!?」
鎧熊の踏み込んだ地面が崩れていく。
地面が陥没していく中前足で必死に前に出ようとするが、それは叶わない。
落とし穴と気付いた時にはもう遅かった。
固く尖った土の槍は、鎧熊の身体に容赦なく突き立っていく。
そのうちのほとんどは鎧に弾かれたが、先ほど蔓によって壊された鎧の一部や足裏等の比較的装甲の薄いところには着実にダメージが通った。
落とし穴は鎧熊をすっぽりと収納してもまだ余裕があり、かなり大きめに作られていることがわかる。
全快状態の鎧熊であれば土を上っていくこともできただろうが、今の状態ではそれも難しい。
「大地よ!」
唸る鎧熊を見下ろしながら、キュッテは叫ぶ。
土魔法は自然物をそのまま扱うため、魔力効率が良い。
彼女が元から持つ属性適性の高さと魔力の多さであれば、魔力にはまだまだ余裕がある。
キュッテの求めに応じ、土がズズズと音を立てて動き出す。
そして――ドサドサと音を立てながら、鎧熊へと降りかかってく。
「グッ、グオッ、ウオオオオンッ!」
鎧熊は必死になってもがくが、その身体は土に埋められどんどんと身動きができなくなっていく。
足、腹、胸、手と動かなくなっていき……最後には首までしっかりと土に埋もれる。
森を静寂が包む。
遠くに聞こえる鳥の鳴き声は、意識を集中させていたキュッテには聞こえなかった。
キュッテは黙ったまま、掘り返されたように粒立っている土を見つめる。
そして――。
「や……やっっっっったああっ!」
歓喜のガッツポーズをあげる。
そして少し離れたところから見ていたロンド達は立ち上がり、彼女へと微笑みかけるのだった――。
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