ファンタジー
キュッテは森の中をスイスイと進んでいく。
時に樹に上り枝から枝へと飛び乗ったり、またある時はプラプラとしている蔦を掴んではそれに乗ってみたり。
彼女の動きは奔放で、注視してなければすぐに見失ってしまいそうなほどに激しかった。
だが不思議と、キュッテについていくと魔物と遭遇しないのだ。
ロンドは以前、エルフは森の友だという話を聞いたことがある。
当時はおとぎ話の類だとばかり思っていたが……キュッテの様子を見ていると、案外嘘でも誇張でもないような気がしてくる。
「あっちがエルフの里ですね! キュッテが生まれ育ったナルの里です!」
魔物に襲われていた時のしおらしい様子はどこへやら。
森の中を歩いているうちに、キュッテはどんどんと元気になっていき、今ではステップを踏みながら二人のことを案内してくれる。
ロンドには来た道がわかる程度の方向感覚しかないのだが、どうやらキュッテは森の中を活発に歩いていても自分の正確な位置を把握できているらしい。
エルフは優れた狩人でもあるという話だ。
正確な距離や方角ができているようだから、道案内にこれほど頼もしい相手もいないだろう。
「ほらほら、ロンドさん、マリーさん、こっちに月見草が生えてますよ!」
「ちょ、マリーが疲れてるってば。もうちょっと加減をだな……」
「だ、大丈夫です! 私、しっかりとついていけますから!」
……案内する人達のことを考えることができさえすれば、文句のつけようもないのだが。
キュッテは好奇心旺盛が過ぎるあまり、ガイド役には向いていないようだった。
「ここまでくれば、あと二日もすれば森を抜けられると思いますよ」
「そうか、助かるよ」
ロンドは明らかにげんなりした様子のマリーの背中をさすっていると、キュッテが胸ポケットから何かを取り出す。
出てきたのは、拳大ほどもある大きな種だった。
いったい何をするのかと思えば、キュッテはそれを無造作にポイポイと地面に投げ始める。
「大地よ!」
するとなんと、種がひとりでにぐんぐんと成長しはじめ、一本の木になってしまった。
ロンドより二回りほど大きくなった樹が、何かを垂らす。
現れたのは、人が横になれるほどの余裕を持った幅の取ってあるハンモックだった。
「素敵……」
「ファンタジーだな……さすがエルフ」
寝具に成長する種を見ると、一気におとぎ話の世界の中に迷い込んでしまったかのような感覚を覚える二人。
そんなロンド達を見るキュッテは、不思議そうな顔をしている。
どうやら彼女からすれば、このハンモックの樹はなんら特別なものではないらしい。
「これは魔法の力なのか?」
「……? ええ、普通に精霊さんにお願いしただけですけど」
「ということは、さっきのが精霊術なんですね。初めて見ました」
魔法、と一口に言っても実は細部においてはかなりの違いがある。
人間が使う魔法と魔物が使うより原始的な魔法は根本原理が異なる。
そしてエルフが使う魔法(彼らはこれを魔法と呼んでいるが、人間の中にはこれを精霊術と呼ぶ者達も一定数存在している)もまた、人間が使うものとは違うところがいくつもある。
エルフとは、皆例外なく優れた魔法の使い手である。
彼らは産まれながらにして魔法を使いこなし精霊の友でもある。
精霊達に手を貸してもらうことで、人間ではできないような規模や多彩さを持つ魔法を使うことができるのだ。
ちなみにエルフの中に、魔力紋を持つ人間はいない。
一般的には、彼らは紋章を使い魔力発動の補助とする必要がないほど精霊に愛されているからだ、とされている。
「キュッテみたいなことを、他のエルフ達もできるのか?」
「それは……できますよ、みんななら私よりずっと上手く。多分普通の人間とそんなに変わらないと思いますよ。得意な属性があれば、その属性の魔法は上手く使える感じですから」
どうやらキュッテが得意なのは土属性らしい。
先ほど植物を一気に成長させていたのは、土魔法の力ということらしい。
ロンドが知っている土魔法とは色々と違いそうだったが、まあそういうものと受け入れることにする。
キュッテが初めて見せるその陰のある顔に、ロンドは彼女がどうしてエルフの里に張られている結界から外に出てきたのかを思い出す。
彼女は落ちこぼれている自分を変えたくて、臆病者である自分をなんとかしたくて、外へ出てきたのだ。
であればあと少しで別れてしまうロンドにだって、できることはあるはずだ。
かつて落ちこぼれだった自分が、今ではこうして公爵家の令嬢を守るほどに成長することができたのだから。
「キュッテは……森の魔物と戦って勝ちたいのか?」
「それは……はい、もちろんっ! あの熊さんを倒せるようになって、首を里に持ち帰ってドヤ顔したいです!」
言い分は物騒だったが、強くなりたいという気持ちに嘘はないだろう。
ロンドは相手の魔物の状態を見ることのできる力がある。
キュッテが強くなるための手伝いができるはずだ。
こうして明日からは魔物との遭遇を避けるのではなく戦おうということにして、ロンド達はハンモックの樹に揺られ、久しぶりにゆっくりと眠ることができたのだった――。
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