キュッテ
「あ、ありがとうございますぅぅっ……」
鎧熊にのしかかられるような形になった少女は、切れ切れになった声を出す。
その様子を見てロンドとマリーは急ぎ駆け出し、覆い被さっている鎧熊の死骸を引き剥がした。
「何から何まで、ありがとうございますっ」
「わっ、本当に耳が長いんですね……」
この大陸には人間以外の知的生命体が多数存在している。
その中で比較的人に近い見た目や身体的な特徴を持つ者を第二の人、という意味で亜人と呼ぶ。
その中で最も有名な種族と言えば、やはりエルフだろう。
この世界におけるエルフは、世界樹の守人であり、精霊の導き手であり、そして命の輝きそのものでもある。
森の奥深くで世界樹を守るように暮らす彼らは、二百年とも三百年とも言われる時間を生き、精霊と呼ばれる人には見えない魔力生命体と共に暮らしている。
長い時を生きる彼らは優秀な狩人であり、同時に優れた魔法の使い手でもある。
世界樹の守人を自称する彼らは、冒険的なごく一部の例外を除き森から出ようとはしない。
そのため人がエルフと出会うことは非常に稀なこととされている。
防衛上ある程度情報が必要で国の重鎮達でさえ、エルフの所在はおおまかにしかわかっていないという市井の噂だ。
「俺はロンド、そして彼女は……マリー。二人で冒険者のようなことをしていたんだが、何かの罠に引っかかってこの森まで飛ばされてしまったみたいなんだ」
「あっ、失礼しました。私はキュッテ・ナル・アウガ・サイゼルフォン・ガイゼリアです」
なんと呼べばいいかというとキュッテでいいと言われる。
どうやらエルフは自分の血族や自分が守る里の名前に強い誇りを持っているらしく、それらを色々とくっつけるうちに非常に名前が長くなってしまうらしい。
ロンドが自分の名を呼び捨てで呼んだことに、マリーはわずかに頬を赤らめる。
ロンドからすれば下手にマリーの素性を勘ぐられ事態がこじれないようにという考えからの行動だったのだが、どうやら彼女はそうは捉えなかったらしい。
「キュッテはどうして魔物に襲われていたんだ?」
「ええっと、まあ、その……」
言いにくそうにしているキュッテから少しずつ言葉を引き出していくと、事情が飲み込めてくる。
どうやら彼女は、エルフの中では落ちこぼれらしい。
そんな自分を変えたくて、魔物除けの結界の外に飛びだし、ああして襲われてしまったのだという。
(ってことは間違いなく、ここはかなり森の奥深くだ。どこに飛ばされたのかはわからないけど……すぐにアナスタジア公爵領へ戻るのは難しいと考えた方がよさそう、か……)
すぐに公爵の下へと戻れる可能性は低いだろう。
まだマリーと二人でいられる期間が続くとわかったロンドは、何故か自分の胸が軽くなるのを感じた。
その理由を考えようとする思考は、強引に中断する。
その先へ進んではいけないと、本能が訴えかけていた。
「ということは、近くにエルフの里があるのですか?」
「あぁ、えぇっと、その……」
キュッテはしどろもどろになりながら、肯定とも否定ともとれないような答えを返してくる。
エルフは外の世界(これは里の外にある他のエルフの里すらも含めたものだ。彼らの内とは非常に狭く、そして限られている)と積極的に交わろうとしない。
彼らにとっての世界は、自分達が住まう里とそれを守ってくれる世界樹と精霊だけで完結してしまっているからだ。
無理して里への道を聞き、自分達を警戒したエルフ達と戦闘になる可能性も十分に考えられる。
それならばそこまでのリスクを冒さない方がいいだろう。
襲われていたキュッテを助けることができたのだから、それだけで満足しておくべきだ。
「わかっているよ、俺達もエルフ達の事情にそこまで深く関わるつもりはない。できれば森の外への向かい方くらいは教えてくれると助かるけど……」
「そ、それなら私が案内します! エルフが薄情だと思われたくはありませんので!」
「……わかった、よろしく頼む」
助けられた恩を感じているらしいキュッテは、目をキラキラと輝かせながら同行すると言って聞かなかった。
たしかに案内人は必要だと感じていたし、森の中に不慣れである二人で進んでいては、同じ所をグルグルと回って目的地に辿り着けないかもしれない。
そう思ったロンドは、新たにキュッテを仲間に引き入れ、森を抜けるまで同行してもらうことにした。
何故かそれにマリーが少しだけ不機嫌になったが、ロンドはその理由がまったくわからないのだった……。
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