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フィリックス


「ふむ、報告通り……たしかに死んでいるな」

「フィリックス様がおっしゃられた通り細心の注意を払い侵入したが、何も問題はありませんでした。我々としては、楽な仕事でした」

「こいつならば毒を飲んだふりをして脱走を図るくらいのことはすると思っていたが……あてが外れたか」


 フィリックス・フォン・エドゥアールは、自分の足下に転がっている死体を見つめた。

 顎に手を当てるその様子は、貴公子然としていかにも威風がある。

 エドゥアール辺境伯家を継ぐ者として何一つ不測のないこの男は、今さっき服毒自殺を行ったロンドを見て顔をしかめた。


 フィリックスはロンドのことを、自分の弟とは思っていない。

 庶民の血が混じり魔法の才の欠片もないロンドは、自家にとっての汚点でしかなかったからである。


「……エドゥアール家に入った庶民の血がようやく絶えた。こいつは庶民らしく雑草魂だけは強かったが……どうやら今際の際になれば、その悪運も潰えたらしい」


 ロンドは目をつぶり、仰向けになって倒れていた。

 その顔と背中には、酒と毒の混合物である毒液がべったりと張りついている。


 今回使った毒は、父である辺境伯が選んだアリネブラという蛇型魔物の毒であった。

 毒性は強くはなく、痛みや痺れを伴うこともない。

 しかし気付いていれば毒は全身に周り、肉体を衰弱させ死に至らしめるというものだ。


 フィリックスはロンドへ猛毒を使い、生まれたことを後悔させてやるつもりだった。

 だが、父の許可が下りなかったのだ。

 納得はいっていなかったが……こうして直に死体を見れば、その鬱憤も晴れた。


 ロンドは全身を服が破れかねないほどの勢いでかきむしり、そのまま悶死していたからだ。 どうやら彼にとっては、この毒もかなりの効き目があったらしい。


「チッ、悶え死んだ割には安らかな顔をしている。……まさか死んだふりをしているわけではあるまいな?」


 ロンドの死に顔が気にくわなかったらしく、フィリックスは右手を上げる。

 その手のひらには、水魔法の天賦の才の証明たる雫型紋章があった。

 彼が意識を集中させると、紋章が輝きだし、青い光を放つ。

 高出力で編まれた術式は、一瞬のうちに完成した。


 ウォータージェットカッター……高圧の水を刃として発射し、敵を斬り殺す魔法である。

 通常なら人を真っ二つにする高威力なこの魔法を、フィリックスは持ち前の器用さで威力を調節し放った。


 ブシブシブシッ!


 ロンドの全身に、微細な水の刃が降り注いでいく。

 その下には、血で絨毯が汚れぬよう水のヴェールによる覆いができていた。


 鋭いカッターを、全身に差し込まれていく痛みは想像を絶する。

 飛び出す血が最低限で済むよう威力は弱めてある。

 だがもし生きているのなら間違いなく声を上げるよう、鋭利さだけは極限まで高めてあった。

 どれだけ我慢強い人間であっても、声を出さずに済む者などいない。


「……変化なし、か。どうやら本当に死んでいるらしいな」


 全身血まみれになっても声を上げぬその様子を見れば、疑いようがなかった。

 ただ幾重もの刃に身を刻まれたせいか、それとも全身が激しい振動に揺さぶられたせいか、ロンドの死に顔はさっきよりいっそう苦しそうな表情へと変わっていた。

 それを見て、少しだけ心のすく思いがする。


「よし、この死体は敷地外の墓地へ運べ。ついでにこいつの母親の売女の遺骨もだ。共同墓地にでも埋葬しておけ」

「はっ!」


 フィリックスは死亡確認をさせた私兵達に死体を持ち運ばせようとした際、自分で作った水の膜に血が溜まりすぎていることに気付く。


「ちっ!」


 指を一つ鳴らすと、先ほどまでロンドの死体の下敷きになっていた水が、生き物のように動き出す。

 そして死体から流れ出す血を吸い込み、その色を赤く染めた。


「流石に血まみれ死体に屋敷を汚されてはつまらない……癪だが、治すしかないか」


 フィリックスが右手をかざすと、新たな水が現れる。

 緑色を帯びたそれが、ロンドの全身を包み込んだ。

 すると徐々に、身体にある刀傷が消えていく。


 血の混じった水を窓の外へ放出し終えた時には、既にその身体は綺麗な状態に戻っていた。 水を使った回復魔法など、彼からすれば片手間でも使える技能でしかない。


「今度こそ運べ」

「「はっ!」」


 兵達は今度こそ、ロンドの死体を運び出す。

 父より与えられた立派な服は、フィリックスが放った魔法でズタズタに裂かれ、血染めされてしまっている。

 その下の身体には一つも傷がないのが、妙にアンバランスだった。


「さて……仕事に戻るか。まったく、次期領主というのも楽ではない」


 一瞬のうちにいくつもの魔法を行使しても、フィリックスに疲れた様子は見受けられない。 彼は踵を返し、私室へと戻っていく。

 自室のソファに腰掛けた時には、既にその頭の中から、不肖の庶子のことなどはすっぽりと抜け落ちていた。







「「よっこら……せっと!」」


 ドスン、と大きな音を立ててロンドの死骸が墓地へと供えられる。


 全身はズタ袋に収められており、口はしっかりと閉じられている。

 その隣には、今より十数年前に死んだ彼の母、マリアの骨壺が添えられていた。


 衛兵達は肩を回し、大荷物を長距離運んできた疲れを取ろうとしているようだ。


「馬車置き場から墓地までが長いったらありゃしねぇ」

「まぁそういうな、フィリックス様から別途報酬は出てるんだし。あの金で一杯引っかけようぜ」

「そうさな、それがいい」


 三人はそれだけ言うと、共同墓地を出ていってしまう。

 土葬が基本的な埋葬方法であるこの国では、ある程度の期間は死体を墓地に置いておくやり方が主流である。

 身元のわからない人間や、死者と対面したい人達への配慮がその原因だ。


 三人はくるりと後ろを振り向き、出て行ってしまった。

 そして後には、二度と目を開けぬ死者達と――。


「た……助かったぁ……」


 仮死状態から回復した、ロンドだけが残ったのだった。


本日18・21時にも投稿しますので、よろしくお願いします!


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