視線
森の中で休めるところはそれほど多くはない。
魔物は基本的に昼夜の別なく動くものが多く、その半数近くが夜になるほど活発に活動する。
魔物には夜目の利くものも多いため、夜間は基本的に人間が戦うには不向きだ。
そのため基本的に野営を行い、魔物との戦闘を避ける傾向が強い。
通常街道には、魔物が嫌がる夜光石というものが使われているため、魔物の襲撃に怯える必要はない。
ダンジョンや魔物の出没するエリアにおいてもこの石は活躍するため、冒険者もある程度金銭的な余裕があれば、これを持っていることが多い。
だがいきなり転移してしまったロンド達に、当然ながら夜光石の備えがあるはずがない。
そのため魔物の目から逃れられる場所を探す必要があった。
ある日は大きな岩の岩陰に、またある日は大きな葉がその姿を覆い隠せるような木の下に。
そして今回、ロンド達は――。
「マリー様、寒くはないですか?」
まるでくりぬかれたかのように綺麗さっぱり中身が消えている、木のうろの中にいた。
既に日も落ち、空には月が浮かび上がっており、夜の帳が降りている。
季節は夏と秋の変わり目。
夜になればずいぶんと冷えるようになってくる。
少しだけ肌寒いからか、マリーは自分の服をさすさすと擦っていた。
ロンドは少しだけ、マリーの方へと近付く。
身体から放散される熱が、お互いの身体をほんのわずかに温める。
以前は三歩分はあったはずの距離が、今ではずいぶんと近くなっていた。
一歩半、あともう一歩だけ近付けばお互いの体温までわかるようになるほどの距離。
「……」
マリーは何も言わなかった。
ただ黙り、拳をギュッと握りしめている。
今まで蝶よ花よと育てられてきたマリー。
これほど過酷な、それこそいつ命を落とすかもわからないようような場所に投げ込まれた経験などないはずだ。
けれど彼女はそんなことをおくびにも出さず、いつも通りのしっかりとした態度を保ち続けている。
その気丈さは、近くで見ているロンドからするといっそ痛々しく感じてしまうほど。
この森での探索も、これで四日目。
いくら果物を食べられるようになったとはいえ、とてもではないが食事が満足にできているとは言いがたい状態だ。
見ればマリーの頬は、以前よりもずっとこけていた。
綺麗なバラのようにうっすらとピンクだった、血色のいい顔だった少し前までとはまるで別人だ。
その大きな瞳の下には、くまができていた。
いつ魔物の襲撃があるかもわからないような状況で安眠できるわけもない。
そこに心理的な閉塞感なども重なり、今の彼女の美貌は大きく損なわれてしまっている。
血色も悪く、髪もボサボサで、顔はこけ、全身が汚れにまみれている。
――けれど、いったいどういうわけだろうか。
ロンドにとってそれらは、目の前にいるマリーの魅力をなんら損なうものではなかった。
「これ、羽織っていて下さい」
「はい、ありがとう……ロンド」
ロンドは少し震えているマリーのことを見ているのが嫌で、自分が着ている執事服を脱ぎ、マリーにかけてやる。
肌寒さが少し増したが、ロンドは気合いで震えそうになる身体を止めた。
ロンドは男だった。
女の子の前で格好つけられないことほど、男としてみっともないこともない。
することもなく、うろの隙間から外の様子を見る。
以前と比べると少しだけ利くようになってきた夜目。
目を凝らして闇を見据えるが、星と月に照らされるのは木々ばかり。
見た限りでは、魔物はいないようだった。
「ロンド」
「はいなんでしょう、マリー様」
きゅっ。
マリーがロンドのシャツの裾をつかむ。
ロンドの身体が硬直する。
経年劣化した魔道具のように、ギギギと動く首。
二人の視線が交わった。
当初はすぐに逸らしていた視線が、今ではまるでそうあることが当然であるかのように、長いこと絡み合っている。
ロンドは自分の自制心をありったけ使って、再び外へと視線を向ける。
「そろそろ眠った方がよろしいかと」
「……はい」
マリーは不満げな表情を隠すこともせず、そのまま横になる。
彼女から逸らしたロンドは――歯を食いしばっていた。
自分を拾ってくれた恩、自分のことを信じてくれている気持ち。
そして命がけのサバイバルを続けてきたことによる精神的な繋がり。
手を出してしまえば楽だと思ったことは、一度や二度ではない。
けれどロンドは、決して最後の一線だけは超えなかった。
世の中には、好きだからこそ関係を持たない方がいい場合もある。
当人同士の思いだけで幸せになれないのが、人間社会というものなのだ。
寝息を耳にして人心地ついたロンドは、何かをこらえるように空を見上げる。
空にはキラキラと星が瞬いている。
それを嫌みに思ってしまうほど、今のロンドの心は荒んでいた。
自分もあんな風に、夜空にきらめく星々のように自由気ままにいることができればいいのに。
そう思いながらロンドは今日も、マリーから少し離れたところで眠りにつくのだった――。
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