手
森の中の植生が、徐々に変わり始めた。
草が以前よりも高くなり、反対に樹は先ほどまでよりも低くなっていたのだ。
以前よりも樹木の間隔が狭くなってきており、獣道がなくなった。
続くのは道なき道、給金で買っていた鉄剣で、細かく草を刈って視界を確保しながら進んでいく。
ロンドの毒魔法は強力だが、決して無敵の能力ではない。
「ちっ、マリー様、下がっていてくださいっ!」
ロンドの言葉に、マリーがすぐに後ろへ引く。
ロンドもマリーに少しだけ遅れて横へ飛ぶ。
すると先ほどまで二人がいたところに、いくつもの小さな影が飛んでくる。
ぶうぅぅんと大きな羽音を鳴らしながら近付いてくるのは、拳大の大きさをした蜂だ。
その尾には細く長い毒針がついており、その全身は黄色で、黒い線が縞になって走っている。
Dランクの魔物、ソルジャービーだ。
その巨大な蜂は、顎をガチガチとぶつけて威嚇の音を出している。
「ポイズンウェーブ!」
ロンドが毒魔法を使い、ソルジャービーへ魔法を放つ。
ソルジャービーは元々それほどHPの高い魔物ではないので、一瞬でソルジャービーはHPを全損して地面に落ちる。
ちなみにロンドの毒魔法は、毒耐性がある魔物にもかけられることが多い。
例えば毒を主な攻撃手段にするポイズンリザードやポイズンスパイダーを相手にしても、彼の毒は通用するのだ。
恐らくは毒魔法というのは、純粋な毒とは何かが違うということなのだろう。
「ポイズンウォール!」
ロンドは後ろに下がり、後方で待機しているマリーの前方に毒の壁を作り出した。
ソルジャービーは、ロンドがこの森で遭遇したくないと思っている魔物のナンバー2だ。
その理由は……。
「ジジジッ」
「チチチッ!」
このソルジャービーは、とにかく数が多いのである。
ソルジャービーは、蜂達の中でも雑兵。
彼らがいるということは、どこかにそれを統率することになるクイーンビーが存在しているのだ。
唯一子を産める魔物であるクイーンビーは物凄い速さで卵を産み、それらがソルジャービーとして孵る。
結果として巣を潰さない限りは、どんどんとソルジャービーが量産されていってしまうのである。
現状森の探索を最優先にしているロンド達に、わざわざソルジャービーの後をつけて巣を探し、クイーンビーの討伐をするような余裕はない。
そのためロンド達は、ソルジャービーの散発的な襲撃に都度対応しなければならなかった。
「ふっ、ほっ、はっ!」
ロンドは目に入ったソルジャービーへ、毒魔法を当てていく。
一発当てれば倒すことはできるのだが、なにせソルジャービーは数が多く、何匹かに接近を許してしまう。
その黒く長い尾の針が、ロンドへと突き刺さる。
ロンドは鋭い痛みに我慢しながら、触れている接触点から龍毒をかけることで、針を抜こうとするソルジャービーを倒した。
現在のロンドには強い毒耐性があるため、どれだけ毒針を刺されたところで身体に異常を来したりするようなことはない。
もちろん尾針が刺されるのは痛いのだが、マリーになるべく怪我をさせたくないロンドは、とりあえず自分が矢面に立って敵を相手するようにしていた。
ロンドの弱点その二。
一対一であれば龍毒を使えば簡単にカタをつけることができるが、一対多の戦いになった場合、個々に毒をかけなければならないためにどうしても後手に回ってしまうという点だ。
ポイズンウェーブやポイズンウイップのような複数攻撃できる技もあるのだが、毒魔法の練度自体がそこまで高くはないために、発動ごとにラグが生じてしまうため、攻撃の密度がそこまで高くないのだ。
結果としてロンドは自分だけではなく、マリーの方へも魔物の侵入を許してしまう。
「すみません、討ち漏らしました! 何匹かそっちに行きます!」
マリーはバッと下がり、ポイズンウォールを遮蔽として利用しながら周囲を窺う。
彼女の前からは、三匹のソルジャービーが。
そして左右からはそれぞれ一匹ずつ、計五匹ほどが向かっていく。
「ウィンドブラスト!」
前方に向かって飛んでいくのは風の弾丸だ。
そして飛んでいった魔法は、ソルジャービー達の目の前で爆発する。
そして風の奔流がソルジャービー達へ襲いかかる。
羽根を巻き込んで、ソルジャービー達がズタズタになる。
風魔法による面での範囲攻撃が行えるのは、ロンドにはないマリーの強みだった。
「ウィンドショット!」
マリーは立て続けにウィンドショットを打ち出し、左右のソルジャービー達目掛けて放つ
さすがに一匹を狙うために範囲攻撃を使うのは非効率だと思ったからか、使ったのは対単体用の魔法だった。
一発目は無事に命中。
けれど二発目が、当たりはするものの胴体にかするだけだった。
動きを止めることができず、ソルジャービーの接近を許してしまう。
指呼の間に近付いたソルジャービーが、マリーへ尻尾の針を向ける。
そして服越しに彼女の身体を貫いた。
「痛っ――ウィンドショット!」
ソルジャービーの毒は、相手の行動を不能にさせるための麻痺毒だ。
身体の自由を奪い痙攣させるような即効性のある毒の効果は、三時間ほど続く。
けれどマリーは毒針を食らったにもかかわらず、そのまま再度魔法を発動させることで、腕に取り付くソルジャービーを倒した。
「マリー様っ、大丈夫ですかっ!?」
ソルジャービー達を処理してから急いで駆けてきたロンド。
彼はマリーの服に空いている穴を見て顔色を変え、その穴にそっと手を乗せた。
「はい、これしき問題ありません。ロンドのおかげです」
マリーがなんの問題もなく動けているのは、毒入りの果実を食べさせるために成功させた、あの微毒をかけることによって恒常的な解毒を行うことに成功したことの応用だった。
微毒状態を維持することで、ロンドが都度ニュートラライズポイズンを使わずともマリーは毒にかからないようになっているのだ。
この技術のおかげで、今のロンドとマリーは、毒持ちの魔物に対しても強気に戦うことを選べるようになっていた。
「あっ……」
「――あっ、すみませんマリー様!」
「い、いえ……」
ロンドは気付けば、マリーが刺された箇所を優しく撫でていた。
微毒が発動しているので、既に患部は癒えている。
わざわざ撫でたり、さすったりする必要はない。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が満ちる。
けれどそれは、気まずくなるというよりは、むしろ……。
「そ、それじゃあちょっと休憩してから先に進みましょうか!」
「そそ、そうですねっ!」
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